ぜんぜん酔ってないってば日記


 

看板

http://www.hanbey.com/index.html
こんな感じの看板がみっしり飾られた居酒屋へ。

 メニューがやたらと安いせいか、開店直後にも関わらず満員御礼。てんてこ舞いで飛び回るうら若き女性店員をやっとつかまえてビール。ここぞとばかりにつまみも「とりあえず」で数品オーダー。するとうら若き女性店員はメモ帳のようなものに走り書きしてすばしっこく奥に消えた。

「おつかれーい!」
 鼻の下に白いヒゲを作っている僕たちの前に「ハイよ納豆お待ちどう!」とカウンターからの手が。「頼んでないです」「頼んでないです」二人で即座に否定する。なんで? なんだ? なんだろね? とオーダーを思い出してみたところ、どうやら「枝豆」と取り違えたらしいことが判明。

 「とりあえず」のファーストオーダーで納豆単品はないでしょ普通。考えれば分かるでしょ違うって。生をぶはーってやりながらの納豆、違うでしょ? 違うよね? いや、ある意味間違ってはないよ。結局どっちも大豆だし。あ! もしかして枝豆風に指でつまんで食えってことだったの?

 『そっそっそ、あっつあつのこれをこうして塩をパッとしたらな、指でつまんで弾いて、ううーんやっぱ茹でたて最高! ってこれ枝豆ちがうよ! 』

 そういったフリを仕掛けてくる気の置けない居酒屋が欲しいなあ、などとも思うこの頃。

オッパイアイス

 公衆の面前で、しかも見ず知らずの人(店員(女性))に向かい目をそらさず堂々と胸を張って「オッパイ」などと言えるチャンスは滅多にないので、忘れずデザートで頼もう! と思っていたのですが忘れてしまいました。

裸に紙エプロン

 帰りしなにラーメンをすすってみる。「紙エプロン、使う?」と友人に聞いてみたら、しばし沈黙のあと「裸に紙エプロン」とぽつり、酔いで濁った目をして呟いたのでした。

 

 

セプテンバー、犬。


 あるところに犬がいました。
 犬は、腰のまがったおじいさんと暮らしていてそれはたいそう可愛がられていました。犬はおじいさんのことが好きでした。

 朝・昼・晩の散歩に出る前、おじいさんは小屋の前のビールケースに立って見下ろしながら「おい、犬。行くど」とビジネスライクに言い放つのが常でした。

 それでも犬はおじいさんのことが好きでした。

 ヨタヨタ歩くおじいさんの後ろをヒタヒタ追って、朝の駅前に並んで立ちました。改札から吐き出された女子高生の群れがおじいさんと犬を取り囲みます。

「キャーかわいー!」
「そうじゃろうそうじゃろう」
「ちょーかわいいー!」
「いくらでもなじぇたらよかろう」

 そうして女子高生が犬を撫でているあいだ、おじいさんはほぼ半目になりながら女子高生の空気を深呼吸で体いっぱいに取り込み「ええのう、ええのう」と帰りの道すがらで呟きました。

 それでも犬はおじいさんのことが好きでした。

 昼は、あてどなく歩きました。そうしていると、大根畑から突如として現れたあき竹城似の中年女性が「あらかわいごどー」と近寄って来ました。おじいさんは歩みを止めることもせず完全に無視を決め込みました。

 それでも犬は、おじいさんのことが好きでした。

 夕方は高級住宅街のスーパー前に並んで立ちました。

「きゃあ、かわいらしい。なんて名前かしら?」
「犬じゃ」
「へ、へえー。それにしてもラブリーね」
「そうじゃろそうじゃろ、なじぇたらよかろ」

 そうして、スカした大きめのサングラスをかけた彼女たちが犬を撫でているあいだ、おじいさんは半目でもってお洒落かつグレードの高い空気を大きく体内に取り込みクラクラしつつ、胸の谷間に視線を注いだりしました。

 そのときです。おじいさんが密かに「ボンキュッボン」と名付けている豊満な体つきの若い婦人が「ちょっと!ジジイ!何見てんの!?」と叫び出しました。バレたのです。おじいさんは脱兎のごとく駆け出すと、犬が追いつくのもやっとの早さでどこまでもどこまでも、どこまでも走りました。

 人気のない山裾のあたりまで来たとき、傍らに湧き水の立て看板を見つけました。おじいさんは這いつくばるようにして夢中で水を飲みました。犬もたまらずぺしゃぺしゃ飲んだのですが、あまりに夢中で飲んだので酸欠で湧き水に落ちてしまいました。「犬!」そう言って手を差し伸べたおじいさんも落ちました。

 おじいさんは呼吸の荒いずぶ濡れの体を草むらに横たえ、しばらくのあいだハアハア言っていましたが、ちらりと犬を見やると突然、笑い出しました。ひきつけを起こしたように笑いました。そして、笑いすぎの酸欠でまた落ちました。

 犬は、おじいさんのことを、ずっと前から好きでした。

 数年後、おじいさんは病気を患って入院し、犬は孫娘によって引き取られました。犬は、もうおじいさんには会えないような気がしていました。孫娘の家族は犬のことをロッキーと呼びましたが、よもや自分のこととは思えず、ただおじいさんに会えない寂しさでみるみる痩せてゆきました。

 犬は、孫娘の膝の上でした。「ロッキー」という名前にも慣れてきたというのに声が出すことが出来ません。扇風機のぬるい微風を受けながら、ただ、弱々しく伏せるのみです。セミのうるさいジージーが止むのと同時にカルピスの氷がカランと音を立てました。妙な気配を察知した犬が薄目を開けると、そこに、おじいさんが立っていました。半透明のおじいさんでした。犬はうれしさたまらずシッポを振ったのですが、おじいさんは犬に目もくれず、孫娘の首筋あたりで鼻をくんくんさせるばかりです。

 すっかり忘れられてしまったのでしょうか。犬は悲しくなって目を閉じました。するとおじいさんが「おい、犬」と低く呼びました。目を開けてみると、ふわふわ宙から見下ろしながら「おい、犬。行くど」とビジネスライクに言いました。

 犬はうれしさのあまりワン! と飛びつきました。そして、おじいさんに撫でられながら振り返ると孫娘の泣いている姿が見えました。傍らの母親は「最後に、ロッキー、笑ってたね」と言って、犬の体と孫娘の体をさすり続けています。

 向き直るとおじいさんも泣いていました。もう、この部屋で、泣いていないのは犬だけです。犬は、泣いてないことにするためにおじいさんの顔を舐めました。とてもしょっぱい味がしましたが、犬は我慢して舐め続けました。

 それは9月の、ひどく暑い日のことでした。

隆光ダイアリー 第四関節


 
青いなああ。すごく青いなああああ。
弘樹とアリジゴクごっこしてる場合じゃない青さだよ。
この青さヤバい、つうかマジあええ(青い)。
ていうかさ、アリ役いっつもボクで引きずり込む役はいっつも弘樹。
ホントずりいし。

モテない遊びなんてもうやんない。
これからボクは毎日、人気のない昼休みの屋上でこうやってipodガンガン聞きながらコカ・コーラを飲み干すんだ。うわー、ヤっバい、すっげーテンション上がってきたかも。

 ♪あーまぁーいぃー、においぃにいー、
 さそわれたわたしはカーブトムーシぃー

ああ、気持ちいいなあ。
こうやってのけぞっても、のけぞってのけぞっても青、青ばっか、わわわ、のけぞり過ぎて倒れちゃうー。って、あ!?

「なにしてるの?」

ズサッ。
仰向けに倒れたボクを見下ろしているのは……。

「遊佐さん!」

ていうか美津子ちゃん!
わわわわわわわわわわ、こっちにくる。
おっぱいをゆさゆさ揺らしながらこっちに!
遊佐だけにね。なーんてウマいこと考えてる場合じゃないんだ!
ボクはこのあといったいどうしたらいいんだ。

「あ、あ、あ」
「好きなの?」
「えっ?」
「カブトムシ。歌ってたでしょ、さっき」
「あああ、いや、あの、ちがくて、ダビング妹にしてもらっ…」
「私もaiko、好きよ」
「そ、そうなの?」

「……ねえ、隆光クンてさ」
「なに?」
「カッコいいよね」
「え!?」
「中間楔状骨のあたりが」
「!!!」
「うふふ」
「骨、すごく詳しいね」
「だって、……気になるんだもの」
「あの、え? それってどういう……」

「おーい、たかみつー!!」
「あ、リツコ!」
「たかみつー!!!」
「だれ?」
「いや、あの、となりの家の」
「もしかして彼女さん?」
「いや、ちがくてそんなんじゃなくて!」
「ふうーん」
「ホントにちがくて!」
「じゃ、私行くね」
「遊佐さん!」
「またね隆光クン」
「あ、うん」

「やっと見つけたっつうの、たかみつこのー」
「なんなんだよリツコ」
「今の遊佐さんでしょ? どうしたの?」
「どうだっていいじゃん」
「あー分かったー、遊佐さんのこと好きなんでしょ?」
「は? バカじゃねえの? 好きなわけねえじゃん!」
「ふうーん」
「ていうか何だよ?」
「あ、そうそう、たかみつの自転車のサドル引き裂かれてたよ」
「ええっ!? なんで?」
「知らないわよ」
「うそだー」
「雨が降ったらグズグズね」
「股間が濡れ鼠になっちゃうよ」
「あ、そうだ、あとね『たがみつはいねがー』って探してたよ」
「誰が?」
「弘樹が」
「で、なんて?」
「ウラギリものーって」
「やったの、弘樹かー!」

第四関節

文:matohazure
絵:honyami1919

バックナンバー
 第一関節 http://d.hatena.ne.jp/honyami1919/20080605
 第二関節 http://crash-log.com/?eid=198
 第三関節 http://d.hatena.ne.jp/honyami1919/20080618

隆光ダイアリー 第二関節


 
骨がボーン!
あ、しゃれこうべ隆光です。

ちょっと聞いてくれますか。
あの、こないだ、廊下に立たされたじゃないですか。
弘樹とふざけてて。

実はあのあと「隆光は残れ」って担任に止められて、
みっちり説教されたんですけどなんてゆわれたと思います?

「そんなんじゃ立派な大人になれないぞ」
だって。説教のスタイルが古すぎてグッと来ないっていうか、
ぜんぜん焦んないっていうか。

「そんなんじゃ立派にオッパイ揉めないぞ」
だったらすごくすごく焦るけど(笑)
大人は何にも分かっちゃない。

そんで、「帰ってヨシ!」って言われてカバン取りに戻ったんだけど、
誰もいない教室はすごく怖かったです。マジでホントに怖かったです。
野球部も帰っちゃって校庭から声も聞こえないし。
あ、アレ? ……てことは。

こんなことしちゃいけないんだいけないんだいけないんだ。
って分かってたんだけど気付いたら美津子ちゃんの笛が左手に……。

『もしかしたら唾液のDNA鑑定で逮捕されるかもしれない』
っていう不安と、

『チャンスは今しかない!』
っていう悪魔のささやきのあいだに挟まってなんかもう、

うわああああああ!
ボクは、ボクは一体どうしたらいいんだー。

って頭抱えてたら足音が遠くから聞こえてきて、
速攻で飛び上がって逃げたんだけど、もう、足ガクガク。

あんましガクガクしすぎてアバラがコロン!てはずれちゃうし。
やっぱし悪いことするとバチがあたるんだなって痛感。
ごめん、ごめんね美津子ちゃん。たぶん、もうしないからね。

第二関節

文:matohazure
絵:honyami1919

バックナンバー
 第一関節 http://d.hatena.ne.jp/honyami1919/20080605

 

かつて私は犬だった。


 かつて私は犬だった。野良を駈けては蝶を追い、モグラをほじって、排泄物を嗅ぎ回り、退屈しのぎに畑の老人を吠え立てた。ひもじいときはネズミやスズメを追って糊口をしのぎ、胃腸のために草を食み、沼の水で乾きをうるおすと、風に吹かれながらいつまでも眠った。

 かつて私は鳥だった。寝ぼけまなこの住宅街をかすめ飛び、山と積まれたビニールを次から次へとつついて回った。荒々しい息づかいをした2つのシルエットが、ベランダに佇む私を見て驚いている。小学生の投げる小石をかわしつつ、公園をふっと飛び立てば風はいつも向こうからやって来た。私はいつも、風に吹かれてばかりいた。

 かつて私は猫だった。塀を伝い、側溝を飛び越え、草の匂いを嗅ぎながら空地を抜け、知らない誰かに撫でられながら、どこまでもどこまでも右へ左へ知らないどこかへ歩き続けた。ペティグリーチャムを補給するための帰路もやっぱり、知らないどこかだった。そして私は、扇風機の風に吹かれながら膝の上でいつまでも眠った。

 かつて私はリモコンだった。目には見えない光で、毎日毎日数えきれないくらい番組の変更を指示した。ボタンの数字が読み取れないほどに年齢を重ねてもなお、ソファや座布団や新聞の下で「(私は)ここにいるよ」と叫び続けた。そして私はテーブルの上で、くしゃみ・ため息・寝息に吹かれてばかりいた。

 かつて私は人間だった。会社の底辺に位置し、次々と押し付けられる些事細事を、さほど嫌がらずに片付けるものの、何度もやり直しを命じられた。胃を痛めるほどの心理的負荷を解放するため、夜な夜な「おっぱい」などの文字列をまき散らしてはディスプレイ越しにニヤニヤし、ひんしゅくを買った。それでもなお愚行を止められず、読み返せば羞恥に顔を赤らめ、そして後悔に青ざめ、ああ、いっそのこと、私は貝になりたい。屋上の風に吹かれながら、そう思った。

 そして私は誰の言葉も聞かず、誰の視線も気にすることなく、固い殻に守られながら傷口を癒し、そして自分自身と向き合い続けた。どれくらいの時間が必要なのかは分からないけど、心も体も生まれ変わったなら、長く長く伸びた髪の毛で股ぐらを隠しつつ、人間として、皆さまの前に現れたい。たとえ、たとえ皆様の、冷たい視線が吹いたとしても。

生まれ変わった私を見て!

※こんなイメージです。