新幹線は欲望を乗せて2


 
 以前の記事はこちら→新幹線は欲望を乗せて 

 それは、ささいな出来事だった。
 私は、友人の結婚式へ出席するために新幹線へと乗り込んだ。出発してすぐ、キヨスクで購入した缶コーヒーとアミノサプリを窓際に並べ、昼食のサンドイッチをそそくさとほおばった。以前にも書いたように、一人で弁当を広げることが恥ずかしい私にとって、サンドイッチはクイック食いの可能なマストアイテムなのだ。

 食パンと食パンにはさまれたゆで卵が、口内の水分を街のごろつきみたいな手つきで否応なしに奪ってゆく。私は缶コーヒーを手に取り、プルタブを引き起こす。パシュ!という快音とともに、香ばしい匂いが鼻腔をくすぐる。その香りを堪能すべく、しばし目を閉じ、息を大きく吸い込んでいた私の脳裏に、なんの脈絡もなく窓際の映像がフラッシュバックしてきた。ん?

 はっ!! と目を開け窓際に目をやる。ないのだった。本来ならば、アミノサプリがあってしかるべき場所に、である。ないないない! 壁のパントマイムでもするように、あったはずの空間で手を上下左右させ、存在しないことを確かめたのだが、目で見て何もないのだから、そんなことをする意味はまったくなかった。しかし、そうせずにはいられなかったのは、なくなる理由が何ひとつとしてなかったからである。

 え? え? ちょっとまってよ。挙動不審を隠せないまま、座席の下、座席と窓のすきまを確認するが見つからない。というか、すきまなんて数センチもないから、落ちようがないし、よしんば倒れたとしても腕にぶつかるはずで、それよりなにより新幹線はペットボトルが倒れるほどに揺れたりしない。

 乗り込んだときの記憶では、後ろの座席は老人夫婦。窓際に座っているのはおばあちゃんで、70歳はとうに過ぎているように見えた。まさかとは思うが、つまり、そういうことだ。・・・はっきり言ってしまおう。おばあちゃんがアミノサプリを盗んだのである。・・・と思ったけど、前言撤回。ゴメン! おばあちゃん。一瞬でも疑ってごめんね。でもさ、なくなるはずないんだ。分かってくれるよね? ね? ね?

 にしても解せない。
 東京行き新幹線やまびこ号車内で忽然と消え失せたアミノサプリ。しみったれた西村京太郎のような貧乏くさいミステリーを、どうやって解決したらいいのか。そもそも解決、しなきゃなんない? コーヒーでサンドイッチを飲み下しながら、トンネルに入った新幹線の黒く塗りつぶされた窓を見ると、アミノサプリを紛失して途方に暮れる男の顔が映し出されていた。やめてくれ、カメラを回すな、テープを止めろ。

 はっ!! これだ。私は瞬時に、ズルズルとだらしない浅い座り方で目線を落とし、後部座席のおばあちゃんを黒い窓越しに監視した。こんな真似して、悪いね。何にもなければそれでいいんだ。見ると、おばあちゃんは、ひっきりなしにレジ袋をしゃわしゃわさせていた。随分前から気になっていた耳障りな音源はアナタだったのですね。しゃわしゃわしゃわしゃわ。しゃわしゃわしゃわしゃわ。監視していた時間は、おそらく1分にも満たなかったはずだったが、しゃわしゃわに耐えつつ監視する私にとっては、その10倍も長く感じられたのであった。

 はあ、やっぱり盗むわけないよな。と、視線を正面に戻した瞬間、しゃわしゃわがぴたりと止んだ。監視継続。そして、私は見たのである。おばあちゃんの膝に載せられた、その、赤茶いカバンの前面にあるサプポケットから、赤いラベルのアミノサプリが取り出され、不器用な手つきで、中央のメインポケットへ移し替えを行っている、その作業の一部始終を。

 ひゃああああ。
 大袈裟でなく、声が出そうだった。それは紛れもなく、私のアミノサプリだった。いや、本当におばあちゃんが買った可能性はもちろんある。しかしその、封の切られてなさ加減と、年寄りはそんな「ハイカラなドリンク」ではなく「緑茶」を好んで飲むということと、一連の状況証拠からみて、窓際から黙って拝借したものに違いなかった。

 しかし私はどうすることも出来なかった。たかがアミノサプリごときで、盗ったの盗らないのと一悶着起こして、友人の幸せを祝う私の気持ちにケチがつくのが嫌だったし、「おいババア、俺のアミノサプリ盗っただろ?」などと責め立てれば、周囲の乗客から老人虐待の目で見られ、形勢不利を得ることは自明だったからである。

 最終的に、私に残ったものは、「なんで? なんで?」という無数の疑問符だけだった。考えられるのは、老人性痴呆症、いわゆるボケ。もしくは、主婦に多いと言われる窃盗癖。どちらにしても、アミノサプリが欲しくなったのだろう。そして、手を伸ばした。事件の動機はいつだってシンプルだ。と、分かったような事を言ってみたのだが、私は今回、新幹線の車内で新たな欲望を発見することができた。このことから言えるのは、新幹線というものは、底なしの欲求を満載した欲望超特急だということである。

そしてもうひとつ、この私が、老人にアミノサプリを盗まれたぼんくらであるということである。

有限会社 西遊記1(西遊記ダイアローグ 改め)


 
登場人物
悟空 悟空
三蔵 三蔵
沙悟浄 沙悟浄
猪八戒 猪八戒

 
悟空 おっしょうさん!助けに来たぜ!

三蔵 悟空!

悟空 おっしょうさん、ケガはねえか?

三蔵 ええ平気です。早く縄をほどいておくれ

悟空 よっしゃ!

三蔵 沙悟浄と猪八戒はどうしました?

悟空 アイツら遅せえから、下で待たせてる

三蔵 みんな無事なのですね

悟空 いま、金斗雲呼ぶからよ、下に戻ろうぜ。ピュウゥ!

三蔵 今回は悟空に助けられましたね

悟空 いつものことじゃねえか、おっしょうさん

三蔵 そうでしたかねえ

悟空 な、おっしょうさんよ

三蔵 なんですか?

悟空 な、おっしょうさんよ

三蔵 なぜ2回呼ぶのですか?

悟空 そろそろ正社員にしてくんねえかな

三蔵 またその話ですか

悟空 派遣会社のピンハネがひでえんだよ

三蔵 そうは言ってもねえ

悟空 な、おっしょうさんよ

三蔵 なんです?

悟空 な、な、おっしょうさんよ

三蔵 しっかり聞こえていますよ

悟空 前から疑問だったんだけどよ

三蔵 ええ

悟空 なんで沙悟浄だけ正社員なんだ!?

三蔵 彼はよくやってくれますからね

悟空 はあ?アイツがぁ?水ばっか欲しがって使えねえじゃんか

三蔵 そういうところです。悟空のいけないところは

悟空 だってよぉ

三蔵 そんなことでは、猪八戒に先を越されますよ

悟空 ちょちょっ、そりゃねえよ、おっしょうさん

三蔵 猪八戒も最近はよくやってくれてます

悟空 ブヒブヒ鼻鳴らしてばっかで全然ダメじゃん

三蔵 悟空、いい加減にしなさい

沙悟浄 おーい!おっしょうさーん!

三蔵 おお沙悟浄!よく来てくれました

悟空 正社員が来た

沙悟浄 はー、つかれた。みず、みず、水をください

悟空 緑の正社員が来た

三蔵 こら、悟空!

沙悟浄 なんですか?

悟空 なんでもねえよ!

猪八戒 おーい沙悟浄、置いてくなよぉー!

悟空 お、肌色の派遣

三蔵 ご苦労さま、よく来てくれました

沙悟浄 遅いよ遅いよ~、ちょはっかい~

猪八戒 はー、しんどい

悟空 さて帰るぞ

猪八戒 ええー、悟空そりゃないぜ、着いたばっかしなのに

悟空 だから下で待ってろって言ったじゃねえか

猪八戒 だってー、なあ? 沙悟浄

沙悟浄 ああ

猪八戒 そうそう

沙悟浄 うんうん

悟空 さっぱり分かんねえよ。とにかく帰るから、お前らは歩いて来いよ

猪八戒 ええー!?

沙悟浄 おっしょうさんと悟空は金斗雲?

悟空 あたりめえだ

三蔵 悟空、一緒に金斗雲に乗せてあげなさい

悟空 やだね

猪八戒 たのむよ悟空ちゃん

沙悟浄 俺からも頼むわ、ご・く・う!

悟空 い・や・だ!

三蔵 正社員

沙悟浄 え?おっしょうさん、なんて?

三蔵 なんでもありませんよ

悟空 ・・・くっ、分かった分かった。乗せりゃいいんだろ!

猪八戒 早く呼んでよ、金斗雲

悟空 うるせえ、もう呼んである

猪八戒 あっそう、・・・にしても、はら減ったなー

悟空 なんもしてねえのにな

三蔵 悟空、そういうことを言うものではありません

悟空 だって、おっしょうさん助けたのは俺! こいつら活躍ゼロだぜ?

猪八戒 ファイトだけは認めてよ

沙悟浄 そうそう認めてあげてよ

悟空 自分らで言うんじゃねえ

猪八戒 悟空、如意棒ちょっと見して

悟空 は? なにすんだ?

猪八戒 ・・・これ、食えるんじゃない?

悟空 食えねえよ!

沙悟浄 食える食える!ファイト!猪八戒!

悟空 応援しても食えねえよ!

猪八戒 めんたい味

悟空 うまい棒じゃねえ!

沙悟浄 食える食える!ファイト!猪八戒!

悟空 ウザいからオマエら離れろ

三蔵 言われてみれば、おなか空きましたね

悟空 まあ、たしかに俺も減ってるな

沙悟浄 そういや、キュウリ持ってるよ

悟空 あんじゃねえか

沙悟浄 ここ来る途中、村の人にもらった

三蔵 親切な人たちなのね

沙悟浄 「カッパって、キュウリ好きなんだろ?」って、投げつけて来ました

悟空 嫌がらせだろ?それ

沙悟浄 村人のやさしさが沁みたよ

悟空 話を聞け

沙悟浄 そうそう、猪八戒も貰ったんだぜ

三蔵 ほう、なにをいただいたのですか?

猪八戒 ・・・えーと、なんて言ってたっけ?沙悟浄

沙悟浄 えーと、ミ、ミなんとかって言ってなかった?

猪八戒 そうそう、ミミガー!

悟空 うわー、残酷な当てこすりだなー

猪八戒 どういうこと?

悟空 知らない方がいいこともある

三蔵 とにかく調理して食べましょう

沙悟浄 千六本にキュウリを切ったから、ミミガーと和えてみよう

猪八戒 わ、うまそう!沙悟浄って天才!?

沙悟浄 そんなことないよ、「河童の川流れ」って言うじゃない

悟空 自分の諺くらい正しく覚えとけ

沙悟浄 さあ和えた。どれどれさっそく味見を・・・うん、まったくないね、味

猪八戒 だったら、しょうゆ持ってるよ、寿司パックに付いてたやつだけど

悟空 貧乏くせえ

三蔵 だったら私、バルサミコ酢持ってますよ

悟空 マジ!?

沙悟浄 マジ!?

猪八戒 マジ!?

悟空 なんで持ってんの?

沙悟浄 おっしょうさん、味に深みが出ますよ!

猪八戒 ナイス!おっしょうさん

悟空 お前らとは、「マジ!?」の意味が違うのな

猪八戒 あ!そうだ俺、トリュフ持ってる

悟空 マジ!?

猪八戒 来る途中、クンクン嗅いで探してきたの。な?さごじょ~?

沙悟浄 うん、ちょはっかい~

悟空 完全にピクニック気分だよな

猪八戒 苦労したんだよな~、さごじょ~?

沙悟浄 うん、ちょはっかい~

悟空 お前らの寸劇はもういいから、この際、持ってるもの全部混ぜろ

猪八戒 ないよ

沙悟浄 もうないよ

三蔵 私もありませんよ

猪八戒 悟空だけだぜ、なんも出してないの

沙悟浄 あーあ、やってらんねえ

悟空 なんでそうなる?あーはいはいすみませんでした

沙悟浄 分かればいいよ

猪八戒 うん、それでいいよ

悟空 いつかとっちめてやるからな

三蔵 さあ、食べましょう

猪八戒 うまい!

沙悟浄 イケるねえ

三蔵 おいしゅうございます

悟空 おほ、ホントにうまいわ

沙悟浄 あー食った食った

三蔵 さて、帰りましょう

猪八戒 ていうか、金斗雲は?

悟空 あれ?おかしいな

猪八戒 ほんとに呼んだの?

悟空 ああ、呼んだよ、ピュウゥって

三蔵 悟空、いますぐ確認しなさい

悟空 沙悟浄、悪いんだけど連絡してくれよ

沙悟浄 なんでボク?

悟空 携帯持ってんのお前だけだし

沙悟浄 しょうがないなあ

悟空 悪りいな正社員

三蔵 こら悟空!

沙悟浄 えーと、配送センターにかければいいんでしょ?

悟空 たのむ

沙悟浄 もしもし?えーと、さっき金斗雲頼んだ、・・・ええ

猪八戒 オーダー通ってなかったのかな?

三蔵 沙悟浄、急ぎでお願いしなさい

悟空 センターはなにやってんだよ

猪八戒 大忙しなんじゃない?

三蔵 不景気なのに、そんなはずないわ

沙悟浄 しーっ、そうですそうです悟空の名前で、え!?

三蔵 なにかしら?

猪八戒 なんだろう?

悟空 なんなんだよ!?

沙悟浄 いま出たとこだって

悟空 三蔵 猪八戒 出前かよ!

※悟空、三蔵、沙悟浄、猪八戒のアイコンを募集します。謝礼はありません。
※追記 お友達のナムさんに、アイコンを作ってもらいました。微妙なムカつき加減がたまりません。おかげで記事に深みが出ました。ナムさん、ほんとうにほんとうにありがとう!

ナムさんのサイト
http://www.geocities.jp/peepingnanda/