アイーン、アイ・ラブ・ユー


 私の好きなギャグに志村けんの「アイーン」がある。桃井かおりの、手の甲を顎下に運ぶ気だるいモーションに似た動作と、口角を吊り上げアゴ勇の顔面形態を取り入れることで完成するあのギャグである。大きな特徴として「意味が分からない」という点が挙げられる。日常の些細な出来事をネタにして客の共感を得る、いわゆる「あるある系」の笑いが蔓延する現代では出て来づらいギャグである。

 即座に思いつく同様のギャグに「ガチョーン」がある。「ガチョ」の口をすぼめて発する語感の脱力加減と、除夜の鐘の余韻を思わせる「ーン」とを組み合わせた、緩和と諸行無常のコンビネーションギャグ。これもまた意味不明。さて、好きとは言いつつ私は一度も「アイ~ン」をしたことがない。本来の用途に鑑みれば、一般人がお手軽にマスターできるものではないと思うからだ。

 コントにおいてテンポの良いギャグを積み重ね、風向きを整え、徐々に速度を上げゆき、それが最大となったところで収束へ向けて一旦、完全な無風状態をつくる。残されたのは、もはやあの言葉のみ。永遠とも思える静寂が流れる。はちきれんばかりの緊張感に耐えられずゴクリと誰かが息を呑もうとしたまさにその瞬間、絶妙のタイミングで彼(殿)が言う。

 『アイ~ン』

 これが、このギャグが持つポテンシャルを最大に引き出すシチュエーションである。素人が生半可な気持ちで手を出せば無傷ではいられない。相当なひっかき傷を負うはずだ。だが現実としては、お手軽版アイ~ンが全国各地で日々量産されている。かといってそれを否定するつもりは毛頭なく、むしろ微笑ましいとさえ思っている。ただ、もう少し使い方を考えたほうがいいのではないか。

 たとえば、飲み会で酔いに任せて連発するのは止めたほうがいい。締めのタイミングで使う事を提案してみる。 『部長!もう時間だって白木屋の人が言ってます』 『お、そうか』 『じゃあ・・・ひとつお願いします』 『俺が?』 『ほら、みんな静かに!部長が』静まり返る座敷。軽く咳いをして立ち上がる部長に注目が集まる。

 『えー今年もいろいろありましたけれども、来年もよろ・・・アイ~ン!』

 吉本新喜劇よろしくみんなでコケて宴会終了。なんて素敵な締めだろう。奇妙な一体感が生まれ社内の不和も軽減され、月曜からの業務能率もアップ。いい事づくめである。例えばこれが別のギャグだったらどうか。『部長!もう時間だって和民の社長が言ってます』 『お、そうか』 『じゃあ・・・ひとつお願いします』 『俺が?』 『ほら、みんな静かに!部長が』静まり返る座敷。軽く咳いをして立ち上がる部長に注目が集まる。

 『えー今年もいろいろありましたけれども、らいね・・・さんぺー、です』

 ゆるゆるだ。締まってない。ふざけるんじゃない。おにぎり野郎!ソリッド感のないふやけた茶漬けみたいなギャグは座敷から酔いを奪い笑みをも奪う。最悪の場合、宴会を延長し一からの出直しを迫られる。二次会は大荒れ。ぎすぎすした感情も生まれ、焼きとりの串でフェンシングし合う者も現われる。

 意味が分からなくたって、こんなにもプラスの作用を生み出す「アイ~ン」。前者の例からもその秀逸さが分かるだろう。だから、その意味を追い求めることに意味はない。ましてや考察なんてナンセンス。こんなに長ったらしい記事読んだ、あなたの苦労もとんだ徒労。

 というわけで私は謝ります。貴重な時間をごめんなさい。許してもらえるか分かりませんが、ほんとうにすみま・・・アイ~ン!

アイーン、アイ・ラブ・ユー」への2件のフィードバック

  1. バカ殿のころは、田代ま○し氏とダブルメインの扱いでしたが、今では天と地ほどの差になっておりますね・・・
    「アイ~ン」を聞くと田代ま○しを思い出してしまいます。
    お笑い界の荒波を生き残る志村けんは本当にすご・・・アイ~ン!

  2. 今や盗撮の代名詞となってしまいましたからね彼は。
    志村けんが最前線を走れているのは笑いにストイックだからでしょう。
    ほりまささん、いつもコメントあり…アイ~ン!

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