夜半のドライヴ


 
 デートに誘われた。
 きれいな夜景を見渡せる丘があるらしい。だけど困ったことにボクの車は車検中だった。カビ臭い温風の吹き出す代車では雰囲気もなにもない。来週にしようよと伝えると、「じゃ、ワタシの車で行こ、土曜8時、迎え行くから」と伝えられ電話を切られた。

 彼女の車はいかにも、な感じの女の子っぽい軽自動車だった。
 白い息で暖め続けた手を助手席のドアノブに掛けると、ヴーンと降りてゆく窓の奥で彼女が言った。「後ろ」「え?」どういうこと? 「乗って、後ろ」「後ろ?」「風邪引いちゃうから、ホラ」「え、えああ」。

 飲み込めないまま後部座席へ乗り込むと、彼女は車を降り、後ろの右ドアを開けて何かをカチリとさせ、回り込んで左ドアも同じくカチリとした。チャイルドロックだった。なにそれ? 問いただすべく、運転席に乗り込んだ彼女へと身を乗り出すと、「ちゃんと座ってなさいね」と押し返されてしまった。

 「ていうかこれ」。ドアノブをガチャガチャすると彼女は「ダメよ」と頬をふくらませながら、「ハイ、これ」と、手のひらサイズの紙パックをボクの右手に握らせた。水色の懐かしいパッケージ。これ、なんていう名前だっけ。ボクは暗がりの中で目を凝らした。スポロンだった。すでにストローも差してある。「ちょっ、ちょっ」一連の流れに異議を唱えようとするボクに「ハイこれも」と、ピンクと茶色の円錐をちいさなイチゴで取り囲んだ小箱を左手に握らせた。アポロだ。これはすぐに分かった。

 ボクは両手の自由を奪われた。
 「ホラ、靴も」。靴をもぎ取られ、足の裏と足の裏を合わせた胡座のような感じで座らされた。右手にはスポロン左手にはアポロ。「じゃ、出発ね」。斜め前からの彼女の笑顔。何も言ってはいけないような気がしてうんうんとだけボクは頷く。彼女は時折、バックミラーからこちらの様子を心配そうに覗いてくる。カーラジオからは広瀬香美。車は夜の県道を音もなく滑るように進み続けている。曇った窓におでこをつけてみると、外にはいつの間にか雪がふわふわ舞っている。にわかに気分が昂ぶる。あはー!! ピンクと茶色の円錐がいくつか跳ねて落ち、細いストローから白い液体が吹き出した。「お願いだからちゃんと座ってて!」

 右手にはスポロン左手にはアポロ。ボクたちはこれから夜景を見にゆく。
 

[リンク]
 アポロ
 http://www.meiji.co.jp/catalog/sweets/kids/aporo/
 スポロン
 http://www.glico-dairy.co.jp/product/product_sub.php?pcd=101220b