久しぶりに台所に立った。にんじん、じゃがいもを乱切り面取りし、ざっくり大きめに切ったたまねぎと共に雪平鍋にほうり込んで火にかけ、油をなじませる。なじんだら牛肉もしくは豚肉を加え、色が変わるまで火を通す。ほとんどの料理本では「キツネ色になるまで」と書かれているが、ここはひとつ「クマ色になるまで」火を通したいところ。
黒煙がたちこめ発火寸前になったらすばやく火を止め、煮えたぎった湯を一気に注ぐ。爆発的な水蒸気がたちどころに視界を覆うが心配ご無用。これは、鍋の焦げつきを落としやすくするためのちょっとしたコツである。しょうゆ、砂糖、みりんをさっと回し入れて一昼夜寝かせればガンコな焦げもあらかた浮き上がってくるはず。
鍋に蓋をしたら静かに目を閉じ、冷蔵庫から手探りで絹ごし豆腐を取り出し目を開ける。まな板の上につるんと着地させたのち、手の甲に垂らした醤油を「ずっ」とすすり、素手でひと口大にむしった豆腐を口内にすかさずほうり込む。
これはかの魯山人が愛したという粋な食し方であり、これを台所に立ちながら「つまみ食い」的に食すとよりいっそう美味しく感じるのだから不思議なものである。シチュエーションも調味料のひとつであることを証明する好例と言えよう。知る人ぞ知る「通な豆腐の食し方」是非みなさんもお試しいただきたい。