とあるセルフうどん屋で、ぶっかけと天ぷら2品を盆に乗せカウンター席についた。半熟たまごと小エビの天ぷらに味をつけるべく醤油を傾けると、蓋と本体のつなぎ目部分から中身が漏れ出て、盆の上にだらしない足跡を残した。
なんだよこれ。私は隣の席の醤油をさらい、再び傾ける。ところが今度は出ない。一滴たりとも出てこない。何度も強く振り続けるとようやく、吐きたくても吐けない酔いどれ女子の吐瀉物のように、気持ちばかりの小さな滴がぽたりと降ってくるだけ。見てみると案の定、後頭部の穴が塞がっている。私は一旦、割り箸を盆に置き、爪楊枝を後頭部の穴にプスっと差し、息をさせてやった。
この時点で私の食うぞゲージは35以下に低下。「すいませーん!」。店員を呼び、この体たらくを知らせるべきかとも考えたが、やめた。醤油に振り回されたみじめな気持ちでは、どんな柔らかなもの言いを心がけてもトゲが出る。ましてや狭い店内、女性セブンが好きそうな中年女性の耳目を集めることとなり、彼女らに「みみっちいクレーマー」のレッテルを貼られることは目に見えている。かといって、各席に備えられているご意見どうぞの紙切れに訴えを書写するのも回りくどくて男らしくない。
東京に住んでいた頃、とある定食屋で冷しゃぶ定食を注文した。リーズナブルな価格帯から考えても作り置きであることは十分に承知していた。してはいたのだが出てきたそれは、明らかに干からびていた。ショーケースのサンプルかと見まごうばかりにカチカチのカサカサ。どう考えても客に出していいレベルとは思えなかった。私は憤怒した。「ビーフジャーキーかよ!!!」。言えなかった。10対0で勝てた物件なのに。今考えてみるとあれはきちんと言うべきだった思うのだが、当時の私は東京に怯えながらの暮らしを始めたばかりで、調理場のカーテンの奥に憎悪の視線を送りつつ、心の中指を立ててファックファック言いながら食べた。熱いものをハフハフ言いながら食べるみたいに、ファックファック言いながら食べた。
きちんと苦情を言う。それがサービス向上につながることは分かっている。分かっていても言えないのは、それがとてもエネルギーを消費する行為だから。だったらそのエネルギー、他のことに使おうよ。・・・というのは表向きの理由で、ただ単に勇気がないしめんどくさいだけ。だから、行き場のない怒りをこの場でこうして繰り出すことしか私には出来ない。そして、このひどく遠回りな攻撃が光回線や電波を通じ、前述のうどん屋や定食屋のスタッフの画面にいつかは届きますように。そんな願いを込めて書いている。ファックファック言いながら書いている。