湿布が年寄りにとって大きな存在であることを知ったのは、点滴を受けている時に聞こえてきた診察室の会話からでした。
そのおばあさんは「胃痛・高血圧・目のかすみ」を事細かに訴え、医師もそれを丁寧に聞き、丁寧な相槌を打っていました。これはもう診察と言うよりもカウンセリングです。「じゃあ、お薬出しておきますからね」。医師がそう言うと、そのおばあさんは言いました。「湿布も貰いたいんだげど」。
盛んに訴えていた症状とは無関係の要求に、「え?湿布?」と医師も1オクターブ高い声を出して問い返します。「いっつも貰ってっから」。当然のように答えるおばあさん。それに逆らうのは得策ではないと悟っているのか、「ああ、ほんと?はい出しときますね」とあっさりGOサインを出す医師。そして私はこの後、症状とは無関係に湿布を要求する会話に数件ほど遭遇しました。
このことから透けて見える事実は、湿布は年寄りにとって相当な「マストアイテム」だということ。若者がipod無しの生活に耐えられないように、年寄りは湿布薬無しでは生きられない。その「肌身離さず」さ加減はipodの比ではないのです。
それほど生活に密着しているのだから貼り方にも流行廃りがあるかもしれず、わざと斜めに貼った湿布を、腰履きの股引から覗かせるスタイルが「おしゃれ貼り」として蔓延した時期があったかもしれません。ホワイトバンドを模して手首に貼ってみたり、本家ipodのように操作部分を丸くくり抜いてみたり、国旗を模して頬に貼りサッカーを応援してみたり、おしゃれ貼りを起点としてさまざまな亜流が生まれたことも想像に難くはありません。
さらにエスカレートして、「タヅさん、タヅさん、ちょっと見でよ」。そう言って露わになったイネさんの肩口に、見事な龍を形取った湿布が今にも動き出しそうに貼られていて、「あらー、最高にクールでないの!」。なんてことになっていたり、「目に入らぬかああ!」。そう啖呵を切ったテツさんの背中に舞う湿布の桜吹雪。「こりゃあ立派だわ」、「テツさんかっこいいー」なんて、寸劇が行われていたかもしれません。
しかしブームには必ず終焉が訪れます。テツさんが肺炎で入院したのです。あの寸劇が原因でした。年寄りたちは誰とも言わず公民館に集合して話し合いました。そこで出した結論は、
「湿布は普通に貼る」
年寄りたちはお茶を飲み飲みたくあんを囓って、生涯勉強やねえ。と、同じ轍を踏まぬよう今回の事件を笑うことで、そのことを確認しあったのでした。
うちの祖母も湿布を常用していました。
どこか痛むのか?と聞いたところ、いや貼ってないとなにか落ち着かないとの答え。
そのにおいをかぎつけて家のネコが祖母のそばを離れません。変ったネコで、湿布のにおいが大好きなのです。
それで、祖母=湿布=ネコの図式が今も頭を離れないのです。
>テロメアさん
落ち着かない…やっぱりそういう感じなのですね(笑)
祖母・猫・湿布とはなんとも和む組み合わせですね。
ひなたぼっこがしたくなりました。