胸を張って、堂々と。


「まとはずれ君て、四字熟語で言えば『挙動不審』だよね」

 遠い昔、とある女性からそんなふうに言われたことがあります。現在の私であれば、その事実を自分自身でキチンと認めた上でおおいに笑い、そして「なんつう喩えだよ!」などと突っ込み、その事実を「オイシイ」とさえ感じることでしょう。

 しかしながら、心がセンシティブの渦中あった20代前半の当時は、取り繕いの笑みを浮かべながら「ははは、そうなのかなあ」などと重みゼロの言葉をうわの空でひょろひょろと吐き、談笑を装うもののその実、園芸用スコップでザックリと掘り返されたみたいに胸を痛めておりました。

 ちなみにその女性の言い方は、なんら悪意があるふうでもなく、むしろ「そういうところが見てて楽しいの」という、プラスかマイナスかで言ったらプラスの感情が含まれていました。ました、とはいうものの、掘り返された場所に色鮮やかなチューリップが咲くわけでもなく、たくましい大根が実るわけでもなく、コロコロした里芋を収穫出来るわけでもなく、私の心に広がる「ミミズも住まない悪い土壌」には、ただただ、からっ風が吹きすさぶばかりなのでした。

「笑いながら怒る人」という竹中直人のギャグがあります。文字通り「笑い顔で怒る」というシンプルなこのネタは、「笑顔の人は怒ったりしない」という我々の一般概念を覆すことにより成立していて、かつ「ギャップ」を笑いに転換させた、いつまでも色褪せることのない秀逸なギャグです。

 ギャップ。そう、あのときの私も、天使の笑顔から発せられた「挙動不審」という言葉によって、脳震とうを起こさんばかりのダメージを受けたのです。笑顔が眩ければ眩いほど、そして、発する言葉の毒素が強ければ強いほどダメージは大きくなります。それは例えば、カリスマラーメン店の店主が麺の水気を切るために、天井いっぱいまで腕を伸ばしてそこからチャッ! と床ギリギリまで一気に落下させたときの落差、そう、あの、目も眩むような落差を無防備な体制で受け止めたようなものです。

 芸人であれば「アチ、アチアチッ!」とのたうち回った挙げ句、「ふざけんじゃねえよ!」などと大激怒することは想像に難くありません。ですから私が「挙動不審? ふざけんじゃねえよ。四字熟語つながりで『行方不明』にしたろか!?」などと怒声を放ったとしても世間はきっと許してくれたことでしょう。

 何事にも自信がなかったんですね当時は。だから何も言えなかった。言うことができなかった。・・・・・・いや、自分に自信がないのは今も同じです。ただ、今の自分が、ひとつだけ自信を持って言えることは、挙動不審の技術に関しては人後に落ちないということ。

 タイムマシンが本当にあるのならば、私は、あの頃の私に向かってアドバイスをしてあげたい。「大丈夫、胸を張って、堂々と挙動不審していいんだよ」って。

YouTube – 竹中直人 笑いながら怒る人
http://jp.youtube.com/watch?v=mxV-Kod4WsU