駅前で、うさぎのぬいぐるみに風船をもらった。
ふつう、こういうのって、子供にあげるものじゃないのか。
風船を手にして7メートル歩いたところで恥ずかしさに耐えられず、宝くじ売り場の前で手放した。風船は、丸井と雑居ビルの隙間をフラフラと上昇していった。空の青と風船の黄色の鮮やかなコントラスト。
僕は、惚けたように口を半開きにしてその姿を追った。
「あららー」
複雑な柄のスパッツを穿いたおばさんが言った。
「あー!ふうせんだ」
革ジャンを着させられている幼児が指さした。
「行っちゃったねえ、風船」
革ジャン幼児の母親がサンバイザー越し、眩しそうに見上げる。
僕たちはしばらくの間、無言で風船の行方を追った。
やがて風船は、夜空にまたたく星みたいに小さくなった。僕はなんだか、ありがたいような気分になったので、風船に向かって願い事をした。
「ロト6が当たりますように」
隣で聞いていた柄スパッツが言った。
「アンタ、あんな中身すかすかのゴム野郎に言ったってダメよ」
分かってる。そんなこと分かってる。と思いつつ革ジャン幼児を見ると、何故かホストみたいに片膝を立てて目を閉じ、両手を合わせてなにか願い事をしている。
サンバイザーもしゃがんで手を合わせ、なにか呟いている。なんだか墓参りみたいになってきたので、僕はその場所を後にした。
自販機の前で振り返ってみると、柄スパも背筋を伸ばして手を合わせているのが見えた。
みんなの願い事が叶うといいなと思った。