メロンソーダ


 窓際の席、後ろ姿が見えた。
 呼び出された理由がなんとなく分かっているから、足取りが重い。無言で向かいの席に腰掛けると、ストローで氷をつつく手を止め目を上げた。僕は、彼女の、この上目遣いがすごく好きだ。

「ひさしぶり」

 そう声をかけると再び目を落とし、氷をもてあそびはじめる。深夜の国道を、気が触れたようなスピードで走り去るトラック。沈黙。時間の感覚が麻痺するほどに僕の胃はキリキリと痛んでいて、ああ、もう、この空気、我慢できない。

「あのさ、ハナシっ……」
「ご注文の方お決まりでしょうかー?」

 唐突に店員が現れた。
 僕は手元のメニューを開き、最初に目に入った文字列を口にする。

「あの、コーヒーで」
「お砂糖はおつけいたしますか?」
「はい」
「ミルクはおつけいたしますか?」
「いや」
「ホットとアイスがございますが」
「え、じゃあ、アイスで」
「では、お砂糖ではなくガムシロップをお持ちしますがよろしいですか?」
「えーと、はい」
「ご注文繰り返します、アイスコーヒーおひとつ、でよろしいですか?」
「はい」
「ガムシロップありの、ミルクなしで」
「ええ」
「ではごゆっくりどうぞー」

 誰も渡ることのない横断歩道の青が、急げ急げと点滅している。
 店員によって作られた二度目の沈黙。それを破ったのは彼女の方だった。
  
「そういうところが好きじゃないの」
「え? なにが?」
「今の注文、効率悪すぎ」
「いや、今のは店員のせいだし」
「鈍臭いって言ってんの」
「だから今のは」
「あんたが鈍臭さを呼んでんのよ」
「僕が?」
「そうよ」
「あ、いや、だとしても、それがなんなんだよ」
「別れたいのよ」
「……」

 やっぱり。
 たぶんたぶんと思ってたけど、やっぱり。

「そうか」
「そうなの」
「……じゃあ僕もひとつ言わせてもらっていいかな」
「なによ」
「これって、別れ話でしょ?」
「そうよ」
「じゃ、メロンソーダはないよ」
「は?」
「なんなの? その色」
「別にいいじゃない」
「なんか、沼みたいだし」
「意味分かんない」
「色合いが沼だって言ってんの」
「意味は通じてるわよ!」
「こういうときって、男・コーヒー、女・紅茶でしょ?」
「ドラマの見過ぎよ」
「目がチカチカするよ!」
「知らないわよ!」

 僕たちは、本当にこれで終わってしまうのだろうか。
 嫌だ、嫌だ嫌だ。僕は、彼女が大好きなんだ!

 三度目の沈黙を破ったのは、店員だった。

「サイコロステーキお待たせしましたー」
「いや、頼んでないですけど」
「あ、大変失礼いたしましたー」

 ホラね、と言わんばかりの彼女の視線が突き刺さる。知らない振りをしてふと横を見ると、3つの皿を抱えた別の店員が厨房の方からこちらに向かってくる。

「カツオのたたきサラダお待たせいたしましたー」
「あの、頼んでませんけど」
「失礼いたしました、カツオのたたきご膳のほうですね」
「いやいや、それも頼んでないです」
「カツオのたたき単品お待たせいたしましたー」
「消去法!」
「はい?」
「残ったやつが正解って訳じゃないからね」
「誠に申し訳ありません、大変失礼いたしましたー」

「ちょっと待って!」
「はい、なんでしょう?」
「アイスコーヒー頼んだんですけど」
「あちら、ドリンクバーとなっておりますので」
「え?」
「セルフサービスでお願いします」
「えー!」
「ねねね、ついでにメロンソーダ汲んできて」
「うん!」

メロンソーダ

 

強盗


※気まぐれに過去ログを上に持って来てみました。 

 とある小さな郵便局。
 局内には、キーボードの音だけがカタカタと響いている。
 待合コーナーには老人の男女2人が黙って座っているのみ。
 客かどうかは分からない。単なる暇つぶしかもしれない。
 田舎によくある、のどかな午後である。

 そこへ、サングラスにマスクをした男が音もなく現れる。
 よく分からない球団のキャップをかぶりなおしつつ、窓口に立つ。

三本木 いらっしゃませぇ

 と、女子局員の三本木のり子、微笑む。
 微笑みを保持したまま待つが、男は何も言わない。
 痺れを切らした三本木、切り出す。

三本木 本日はどういったご…

 男、ジャンパーのポケットからすばやく拳銃を取り出す。

三本木 きゃあああ!
   騒ぐんじゃねえ!
三本木 きゃああああああ!
   騒ぐんじゃねえ!

 局長の大沼、奥からやってくる。

大沼  どうしたんだ三本木くん!
三本木 きゃああああああ!
大沼  どうしたと言うんだね、三本木くん!
三本木 きゃ、きゃ、きゃあああああああああ!
大沼  ど、ど、どうしたんだあああああああ!
三本木 きゃ、きゅ、局長ぉおおおおおおおお!
大沼  いち、に、三本木くぅううううううん!
   さ、わ、ぐんじゃねえ!!!!!!!!

 男、拳銃の尻でカウンターをドン! と叩く
 ピタリと静まり返る局内。
 銃口は三本木の眉間に向けられている。

   金を出せ
三本木 きゃあああ!
   黙れ馬鹿野郎!

 大沼、振り返らずに奥に向かって声をかける。

大沼  小野寺くん、金庫、金庫を開けてくれるか
小野寺 ハ、ハイ!
大沼  しばらく、しばらくお待ちください
   さっさとしろ!
大沼  小野寺くん、急いで
小野寺 ハ、ハイ!
大沼  早急に用意させますのでっ!

 ジリリリリリリリリリリリリリリ!
 突如、けたたましくベルが鳴り響く。

   やりやがったなこの野郎!
大沼  もう逃げられないぞ!
三本木 局長!

 大沼、不敵な笑みで背広を脱ぎ、一振りしてまた羽織る。

三本木 なんの意味もないわ!
   ふざけた真似しやがって

 男、待ち合いコーナーの老女を捕まえ、銃口を向ける。

大沼  タヅさんが!
   ぶっ殺す
三本木 きゃああああ!
   いちいちうるせえんだよ、このアマ!
大沼  お年寄りになんてことを!
   なんなら隣の爺さんも仲良くあの世にどうだ?
三本木 違うわ!
大沼  その人は地井さんだ
三本木 地井っていう名字なの
大沼  爺さんじゃないんだよ
地井  あ、はい、地井ですだ
   んなこと聞いてねえ!

 パトカーのサイレンが遠くから聞こえる

   おまえら全員、壁際に並べ!

 暗転

 大沼、三本木、小野寺、地井、両手を上げたまま壁際に立っている。

   こうなった以上、全員に死んでもらう
大沼  そんな……
三本木 やだ、やだやだ

 銃口を突きつけられたままのタヅ、ぶるぶると震えだす

タヅ  う、う、ううう…
   ははは、婆さん、死ぬのが怖いか
タヅ  孫に、最後にひと目、孫に会いたいのう
   悪いがそうは行かねえな
大沼  わ、私には妻と娘と息子がいる、会わせてくれ!
   ダメだ
三本木 ワタシ、来月、結婚するんです
   諦めるんだな
地井  畑のキュウリさ水をくれたい!
   空気読もうぜ、爺さんよ
小野寺 う、う、あう
   なんだ若いの
小野寺 あの、パ…の、消し…
   テメエ、はっきりしやがれ!

 男、大声で怒鳴りつける。
 すると小野寺、シャンと姿勢を正し、キリリとした顔つきになり、
 一気にまくしたてる。

小野寺 じ、自分がもしいま死んだとして葬式とかが終わったあと、パソコンのハードディスクに入っている滅相もない画像やけしからん動画を父や母や姉や妹や弟が発見したとしたら、見つけたとしたら、ああ、目にしたとしたら……う、ううう、ううううう

 大沼以下全員、呆気にとられた表情で小野寺を見つめている
 黙ったままじっと小野寺を見つめる男

   ……行け
全員  え!?

 全員、素っ頓狂な声をあげる。

   早く行け
小野寺 あ、ああ、ええと
   オレの気が変わらねえうちに行け!
小野寺 ハ、ハイ!

 小野寺が出口に向かって走り出したその瞬間。

   ちょっと待て!

 銃口を向ける男。
 小野寺、反射的に両手を挙げる。
 全員が息を殺し見守る。
 小野寺、恐怖で口をパクパクさせる。

 男、少し下げたサングラスの隙間から小野寺を見る

   ブラウザのお気に入り、消すの忘れんなよ
小野寺 ……ハ、ハイ!!!

 「ウィィ」自動ドアが開く音とともに、
 パトカーのサイレンが局内にどっと流れ込んできて、
 ドアが閉まると同時に、ふたたび静寂が局内を支配し始める。

地井  は、畑のキュウリさ水くれたいんだが……

 暗転

 終幕

残念な尿≒残尿


 女性にはとっつきにくい話題で申し訳なく思っていますし、ついこないだも尿の記事を書いたばかりなので、「もしかして、頻繁に尿の記事を書くってことで『頻尿』とか言いたいの?」などとおっしゃる方もおられるようでなんだか悲しいです。

 まあ、そんなわけでですね、「まさかまさかそんなこと」などと思っておりましたが寄る年波には勝てないとでも言うんでしょうか、30を超えたあたりからあからさまにキレが悪くなりました。

 残らず用を足すじゃないですか、で、水洗い後の毛筆さながらプルンプルンプルンといつもより多めに振って万全を期しても、ファスナーの奥へと収納した途端、ツツーと何滴かが太ももを伝ったりするんです。

 きゃーヤだ! ってそんな、俺たちだってイヤなんですから。あのね、想像以上の不快感なんです。拭えるならすぐさま個室に飛び込んで拭いたいんです。でもね、いるでしょ? 他にも用を足している人がいるでしょ? そういう人たちの手前、「アイツ、間髪入れずにウンコすんの?」なんて思われたくないので、太ももを伝う尿がどんなに不快であっても何食わぬ顔でトイレを去らなきゃならない。それがビジネス。

 だけどひとつだけ言えることは、誰も悪くない。誰も責めることが出来ないんです。だから責任の所在はどこにもない。それぞれがそれぞれに最善を尽くしてて、一連の流れに何ひとつ悪意が介在していないとなれば、これはもう、天災だと思うよりほかないんです。

 また今日も、日本中のサラリーマンの太ももを尿が伝っています。その尿は、大地へと伝い水たまりとなり池となり、やがて溢れて川へと変容し、せせらぎ流れて別の川と出会い、ほとばしり、濁流となってうねり、とうとうと流れる大河となり、ついには母なる海へと辿り着くのです。

 残念な思いを抱えながらサラリーマンは生き、そして、日本を支えているんです。残念をバネに、これからも日本を支えて続けてゆくんです。それがたとえ、残念な日本であっても。

それゆけ! 柔肌ポリス


 柔肌ポリスが今日もまた、あなたの町をパトロールします。
 徒歩です。普段の柔肌ポリスは、自家用車、自転車のどちらかを使って移動するのでほとんど歩きません。お隣の永田さん宅へ回覧板を届けるのも自家用車に乗って、庭の洗濯物を取り込むのにも自転車を漕いで移動し、2階から1階へ降りるのも自転車を使って降りますが、さすがに1階から2階へは自転車を担いで歩くようです。

 巡査長に「ちょっとお前、それはどうなんだ?」と指摘され、試しに丸一日カウントしてみたらたったの12歩でした。「ほら、だからこーんなに細くなっちゃうんだよ」巡査長は、柔肌ポリスの太ももをさすりながら上目遣いで言いました。

 吹く風は冷たいけれど、青い空を見上げながらのパトロール。巡査長にもらった万歩計が腰のあたりで揺れています。向こうから、黒木瞳に似た奥さんがスピッツを抱きかかえてやって来ました。「こんにちは、いい天気のようですね!」柔肌ポリスが声を掛けるとキラキラの微笑みを返してきました。とてもいいにおいがします。話を長引かせるためにイヌを褒めちぎり「かっわいいですねぇ~」と手を伸ばすや否や「キャン!」と甲高く吠えつけられてしまいました。

 変な下心が読まれたのでしょうか? いいえ。たぶんそれもなくはないですが、おそらくは柔肌ポリスの、その肌の白さにビックリして吠えたのです。どれくらい白いのかと言えば、流行りの洗濯用洗剤で洗ったみたいに真っ白でした。長身で長髪であることから高見沢俊彦を彷彿とさせる白さで、かつ、柔軟剤を使ったかのような肌触りの肌でした。しかしながら若干、生乾きのような、ん? なんか今、いや、気のせいか。といった感じの、なんらかの拍子で鼻先に漂って来て、そして消えてゆくような、そんなにおいがしました。

 ぐぐう。柔肌ポリスはすぐにお腹が空きます。今日は歩きなのでなおさらです。定食屋のカウンターでスポニチを手に取り、いつものテーブルへと向かいながら「D煮定食!」と不機嫌そうに注文をしました。D煮とは、店の主人が『豚肉のコーラ煮』にインスパイヤされて作った『豚肉のリポビタンD煮』のことを指します。柔肌ポリスは、その、ケミカルな味付けの虜になっていましたが、店の主人に対してしぶしぶ仕方なくといった素振りを見せ、ゆっくりと平らげるのが常でした。

 定食屋の帰り道で、黒木瞳に似た奥さんとの再会を果たしました。なるたけ遠くから声を掛けたのは、スピッツを刺激しないためと、リポDの口臭による「いったいなんのためのスタミナ?」といった類のおかしな勘繰りをさせないためだったのですが、奥さんの腕から勢いよく飛び降りたスピッツは、柔肌ポリスの足元でキャンキャンと吠え続けました。

「ワシ、なんもしてへんやんけ」両手を挙げて立ちすくむ柔肌ポリス。エセ関西弁を責め立てるかのように吠えるスピッツ。耳がつんざけそうです。「ごめんごめん、あおもり、青森、出身は青森!」スピッツは、まるで噛みつかんばかりの勢いで吠え続けています。「アオ、青森、青森県は、む、むつ市の出身です!」

 きゅぅん。
 柔肌ポリスのカミングアウトを察知したスピッツは、大人しく奥さんの腕の中へと帰ってゆきました。柔肌ポリスの顔面は、息をぜいぜいさせて交番に辿り着いてもなお蒼白のままでしたが、幸いその変化を悟られることはありませんでした。しかし、本気で体調が悪いときにも同様だったので、いいのか悪いのか分からないと柔肌ポリスは思っていました。

「ねえねえ、何歩だった?」と巡査長がすり寄ってきたので万歩計を確認すると、液晶には何も表示されておらず、よく見てみたら電源がONになっていませんでした。しかし、太ももにほどよい疲れを感じていて、いつもより歩いているのは間違いないようです。「まあ、五十歩百歩といったところですかね」柔肌ポリスは、ウマイことを言ったようで言ってないことを言いました。

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