正しい風邪の引き方


 風邪の症状といえば、くしゃみ、鼻水、咳、熱である。

はくしょん!(くしゃみ)
チーン!(鼻水)
ゴホゴホ(咳)
ふらふら(熱)

 一般的にはこのような擬音や行動で表現され、正しい風邪の引き方だと認識されている。しかし現実は違う。

ぶえーっくし!(くしゃみ)
ビ、ビビブブーッ!(鼻水)
ウェッホウェーッホ!(咳)
ゾンビ歩き(熱)

 これが、正しい風邪の引き方である。先の例との違いは「なりふり構わぬ感」にあると私は見ている。体が病原菌を排出しようと必死に戦っているのだ。言い換えれば、本能に基づいた行動である。

 しかし、まったく戦う気のない風邪の引き方もある。松嶋菜々子(仮名)が出演する風邪薬のコマーシャルだ。

 風呂上がりの子供に「寒いから髪の毛乾かさないと」と注意する菜々子。「うん、分かってる」のセリフに続いて「くしゅん」と菜々子。くしゃみである。このくしゃみについてみなさんはどう思うだろうか。私はこう思う。「くしゅん」じゃ治るものも治んねえよ!と。

 別のバージョンではこんなシーンもあった。
 学校の出来事を話す子供。それを聞きながら、うつむき加減でそっと額を押さえる菜々子。どうやら熱らしい。本当に熱があるのかどうか疑わしいスマートさだ。現実世界ではゾンビ歩きしてるというのに。

 もっと驚いたのはそのあとだ。薬を飲んで回復した菜々子は、信じられない行動に出る。なんと、娘と頬をピッタリ寄せ合いニッコリ微笑むのである。古いツッコミだが敢えて言おう。
 欧米か!

 いやしかし、これが正しい風邪の引き方なのだろうか。
 分かってはいる。スタイリッシュな引き方で「早めに治る」感を演出したいという意図は。しかしどうだろう。そこにあるのだろうか、説得力は。
 例えばこんなコマーシャルだったら、と私は考える。

 菜々子が「ウェッホウェーッホ!」と登場、「ぶえーっくし!」とくしゃみをした後、鼻水垂らしつゾンビ歩きでティッシュを探す。

 買う、買う買う、これなら買う!パブロンを一生使い続ける宣言もするし、なにより菜々子を女優として一生応援するし、ファンクラブがあるなら入るつもりだ。

拝啓、責任者様


 とあるセルフうどん屋で、ぶっかけと天ぷら2品を盆に乗せカウンター席についた。半熟たまごと小エビの天ぷらに味をつけるべく醤油を傾けると、蓋と本体のつなぎ目部分から中身が漏れ出て、盆の上にだらしない足跡を残した。

 なんだよこれ。私は隣の席の醤油をさらい、再び傾ける。ところが今度は出ない。一滴たりとも出てこない。何度も強く振り続けるとようやく、吐きたくても吐けない酔いどれ女子の吐瀉物のように、気持ちばかりの小さな滴がぽたりと降ってくるだけ。見てみると案の定、後頭部の穴が塞がっている。私は一旦、割り箸を盆に置き、爪楊枝を後頭部の穴にプスっと差し、息をさせてやった。

 この時点で私の食うぞゲージは35以下に低下。「すいませーん!」。店員を呼び、この体たらくを知らせるべきかとも考えたが、やめた。醤油に振り回されたみじめな気持ちでは、どんな柔らかなもの言いを心がけてもトゲが出る。ましてや狭い店内、女性セブンが好きそうな中年女性の耳目を集めることとなり、彼女らに「みみっちいクレーマー」のレッテルを貼られることは目に見えている。かといって、各席に備えられているご意見どうぞの紙切れに訴えを書写するのも回りくどくて男らしくない。

 東京に住んでいた頃、とある定食屋で冷しゃぶ定食を注文した。リーズナブルな価格帯から考えても作り置きであることは十分に承知していた。してはいたのだが出てきたそれは、明らかに干からびていた。ショーケースのサンプルかと見まごうばかりにカチカチのカサカサ。どう考えても客に出していいレベルとは思えなかった。私は憤怒した。「ビーフジャーキーかよ!!!」。言えなかった。10対0で勝てた物件なのに。今考えてみるとあれはきちんと言うべきだった思うのだが、当時の私は東京に怯えながらの暮らしを始めたばかりで、調理場のカーテンの奥に憎悪の視線を送りつつ、心の中指を立ててファックファック言いながら食べた。熱いものをハフハフ言いながら食べるみたいに、ファックファック言いながら食べた。

 きちんと苦情を言う。それがサービス向上につながることは分かっている。分かっていても言えないのは、それがとてもエネルギーを消費する行為だから。だったらそのエネルギー、他のことに使おうよ。・・・というのは表向きの理由で、ただ単に勇気がないしめんどくさいだけ。だから、行き場のない怒りをこの場でこうして繰り出すことしか私には出来ない。そして、このひどく遠回りな攻撃が光回線や電波を通じ、前述のうどん屋や定食屋のスタッフの画面にいつかは届きますように。そんな願いを込めて書いている。ファックファック言いながら書いている。

日曜日あるある


 ちびまる子ちゃんエンディングテーマの音量の大きさに仰天、脊髄反射のリモコン探しを日曜ごとに繰り返すたび、「ちょいとアンタ、サザエさん症候群に肩まで浸かってボサーっとしてんじゃないよ」。まる子に嫌味ゼリフを言われているようでハッとする。そうだよな、こんなんじゃダメだよな。よし! 気を引き締めてまた明日から頑張らなきゃ! と、そんなふうに思ったりは、しない。なんでエンディングだけ音デカいんだよ毎週毎週ビビらせやがってこの野郎! と思う。毎週思う。毎週思わせられている。なのにgoogleで「ちびまる子ちゃん エンディングテーマ 音量」とやってもそれっぽい検索結果が出て来ないのはどうして? オレんちだけ? うそ、オレんちだけなの?? これってあるあるネタじゃないの??? えー、「日曜日あるある」ってタイトルにしちゃったんだけどなあ。はい、というわけでこの記事を読んで「あるあるー!」って思った人は、その旨を自分のブログでアップするように。みんなで「ちびまる子ちゃんのエンディングテーマは音量がデカい」ってことをgoogleに刻んでやろうじゃないか。なんだよ忘れたのか? どうでもいい記憶を残すのが僕らの使命、だったはずだろ?

停電


 結局、原因は分からずじまいだったけど、こないだ会社で停電があった。蛍光灯、PC、コピー機、工場の機械、すべてが一瞬にして、落ちた。そのときオレはウンコをしていた。ぎょっとして引っ込んだ。窓なしトイレの漆黒にまみれて暗中模索、手探りで拭く。おそらく完全ではなかったがやむを得ない。いや、だけどどういう確率なのかと思うよ。ウンコ中に停電て。宝くじでも買うか。それとも運の尽きか。保存してないファイルがあったらしく「データ、データ!」と同僚が叫んでいたけれど、オレだって暗くて不安ななか「出ーた、出ーた!」よ。座布団7枚的なこと言ってお茶を濁そうかと思ったけど、よく考えたら、普段から手探りなんだね。拭くのって。だからみんな、停電でも安心して拭いてね。

食いっぷりショー


 会社に食いっぷりのいい同僚がいる。仮に名前を腹田、腹田俊彦としよう。

 彼と牛丼を食べに行った。まず、並二丁というチョイスセンスに電流が走った。曰く、特盛り一丁よりもパフォーマンスが高いのだそうだ。小食キャラで売っている私には100パーありえない選択肢。その「ありえなオーダー」を貪るように食う、いや、喰らっている。その姿を眺めながら私は思った。ここはサバンナかと。弱肉強食の世界かと。

 その一方で、「胸のすく食いっぷりやわあ」。そんな肝っ玉かあさんライクな心理にもなっていた。「おかわり言うてや!」。しゃもじ片手にスタンバっていたい。この食いっぷりをもっと眺めてたい。目を細めて微笑んでいたい。そうか! 私は気づいた。これはエンターテインメントなのだと。「金の取れる食いっぷり」なのだと。

 これをなんとかショービジネスとして成立させる方法はないか。逡巡の末、バチン!脳内に閃光が走った。彼に、牛丼を食いながらテーブル間を練り歩いてもらってはどうか。ディナーショーである。「腹田俊彦ディナーショー」である。普通のディナーショーはタレントの歌や踊りを鑑賞しつつ客が食事をとる。が、「腹田俊彦ディナーショー」は彼自身が食事を取る。いわずもがな、彼の食いっぷりが歌や踊りに勝るとも劣らないエンターテインメントだからだ。コンセプトは、「アラ還をターゲットにした子育ての追体験」。

 各テーブルには、おひつと寸胴が用意され、気持ちのいい食いっぷりに刺激されたアラ還たちがほっかほかの白飯やつゆだくの牛肉、時には紅しょうがを給仕する。彼の周囲は「アタシが!次はアタシが!」で揉みくしゃだ。胸の前で手を合わせ、見惚れるだけのご婦人もいるだろう。ちなみにこのディナーショー、彼女たちに食事はない。そして、彼女たちもそれを望んではいない。なぜなら彼の食いっぷりを観ること、そして給仕することで、彼女たちの胸は満たされているのだから。