スポーツドリンク


 


sportsdrink.jpg


























 直球すぎる。

 薄暗い照明の片田舎スーパーで発見しました。ポカリスウェットを元祖とする系列飲料を十把ひとからげにしたときの呼称をそのまま当てはめているのは、コロンブスの卵的な逆転の発想なのか、それとも単なる手抜きなのか。私には、新聞紙を広げて足の爪を切りながら考えたようなネーミングにしか思えませんが、その身も蓋もなさ加減はここ数年で出色の出来と言っていいでしょう。

 しかし翻って考えれば、ネーミングに凝りすぎて名前だけではどんな種類の商品なのか想像できない、いわばネーミング無法地帯が横行している現況にあって、そのシンプルな眼差しには清々しさを感じます。私はこういうのを待っていたのかもしれません。

この会社、そのうち「清涼飲料水」という名前の飲み物を出すんじゃないでしょうか。期待しています。

http://www.surf-bev.com/

アイーン、アイ・ラブ・ユー


 私の好きなギャグに志村けんの「アイーン」がある。桃井かおりの、手の甲を顎下に運ぶ気だるいモーションに似た動作と、口角を吊り上げアゴ勇の顔面形態を取り入れることで完成するあのギャグである。大きな特徴として「意味が分からない」という点が挙げられる。日常の些細な出来事をネタにして客の共感を得る、いわゆる「あるある系」の笑いが蔓延する現代では出て来づらいギャグである。

 即座に思いつく同様のギャグに「ガチョーン」がある。「ガチョ」の口をすぼめて発する語感の脱力加減と、除夜の鐘の余韻を思わせる「ーン」とを組み合わせた、緩和と諸行無常のコンビネーションギャグ。これもまた意味不明。さて、好きとは言いつつ私は一度も「アイ~ン」をしたことがない。本来の用途に鑑みれば、一般人がお手軽にマスターできるものではないと思うからだ。

 コントにおいてテンポの良いギャグを積み重ね、風向きを整え、徐々に速度を上げゆき、それが最大となったところで収束へ向けて一旦、完全な無風状態をつくる。残されたのは、もはやあの言葉のみ。永遠とも思える静寂が流れる。はちきれんばかりの緊張感に耐えられずゴクリと誰かが息を呑もうとしたまさにその瞬間、絶妙のタイミングで彼(殿)が言う。

 『アイ~ン』

 これが、このギャグが持つポテンシャルを最大に引き出すシチュエーションである。素人が生半可な気持ちで手を出せば無傷ではいられない。相当なひっかき傷を負うはずだ。だが現実としては、お手軽版アイ~ンが全国各地で日々量産されている。かといってそれを否定するつもりは毛頭なく、むしろ微笑ましいとさえ思っている。ただ、もう少し使い方を考えたほうがいいのではないか。

 たとえば、飲み会で酔いに任せて連発するのは止めたほうがいい。締めのタイミングで使う事を提案してみる。 『部長!もう時間だって白木屋の人が言ってます』 『お、そうか』 『じゃあ・・・ひとつお願いします』 『俺が?』 『ほら、みんな静かに!部長が』静まり返る座敷。軽く咳いをして立ち上がる部長に注目が集まる。

 『えー今年もいろいろありましたけれども、来年もよろ・・・アイ~ン!』

 吉本新喜劇よろしくみんなでコケて宴会終了。なんて素敵な締めだろう。奇妙な一体感が生まれ社内の不和も軽減され、月曜からの業務能率もアップ。いい事づくめである。例えばこれが別のギャグだったらどうか。『部長!もう時間だって和民の社長が言ってます』 『お、そうか』 『じゃあ・・・ひとつお願いします』 『俺が?』 『ほら、みんな静かに!部長が』静まり返る座敷。軽く咳いをして立ち上がる部長に注目が集まる。

 『えー今年もいろいろありましたけれども、らいね・・・さんぺー、です』

 ゆるゆるだ。締まってない。ふざけるんじゃない。おにぎり野郎!ソリッド感のないふやけた茶漬けみたいなギャグは座敷から酔いを奪い笑みをも奪う。最悪の場合、宴会を延長し一からの出直しを迫られる。二次会は大荒れ。ぎすぎすした感情も生まれ、焼きとりの串でフェンシングし合う者も現われる。

 意味が分からなくたって、こんなにもプラスの作用を生み出す「アイ~ン」。前者の例からもその秀逸さが分かるだろう。だから、その意味を追い求めることに意味はない。ましてや考察なんてナンセンス。こんなに長ったらしい記事読んだ、あなたの苦労もとんだ徒労。

 というわけで私は謝ります。貴重な時間をごめんなさい。許してもらえるか分かりませんが、ほんとうにすみま・・・アイ~ン!

ネガティブな苗字


 以前、職場に「贄」という苗字の人がいて「贄さん」と呼ばれていました。ディスプレイでは判別しづらいと思いますが、「生贄(いけにえ)」の「贄」です。メモ帳を開いてフォントサイズ72で確かめてみてください。そう、それです。この一文字だけでなんと読むのかといえば、「にえ」。そのままです。幸せな丸い貝。パーツだけ見ればのんきな漁村的イメージです。

 そんな「にえさん」、人に漢字を聞かれたときは、『イケニエのニエです』と答えるそうです。なんてネガティブな説明。偶然、耳に入ったとしても無かったことにしたい会話です。しかし、それ以外の適切な説明が考えられないのも事実。

 さて、こんな苗字ですからエピソードには事欠かないようです。
 病院の待合室。贄さんは待っていました。なんで病院に行ったのかは忘れましたが、贄さんは待っていました。待合室は人であふれ、次は俺の番か私の番かと肩をすぼめ、押し黙って順番を待つだけの空間は、重苦しい一定の緊張感を保っています。その一方で機械的な口調で呼ばれていく名前。

 『はしもとさーん』 『たけださーん』 『まつおさーん』 『せきぐちさーん』

 誰かが去って行き、新しい誰かが座る。繰り返される世代交代。贄さんは待っていました。なんで病院に行ったのかは忘れましたが、贄さんは待っていました。待合室にいるだけで具合が悪くなっていくのは気のせいかなあ。そんなことも思ったかもしれません。そしてまた何人かの名前が呼ばれ、徐々に待つことに飽き始めた頃また誰かの名前が呼ばれました。それは退屈な待合室に大きな波紋を呼ぶものでした。

 『かにさーん』

 贄さんのことでした。すぐに自分のことだと気づいたのですが、『え?』『なにいまの?』『蟹って言わなかった?』『かに?』『カニよ!』という会話が断片的にボソボソ飛び交うのを聞いて、立ち上がれなかったとのことでした。そして繰り返されるアナウンス。

 『かにさーん、かにさんいませんかー?』

 私はこの話を聞いて、オフィスなのに床に倒れこみ、なんなら床にめり込んで笑ってしまいました。まあ、なんとなーく気持ちは分からなくもありません。確かに字面の込み入った感じは似ています。漢字の読めないナースが雰囲気だけを手がかりに、脳内データベースから似たような漢字を全文検索した結果、マッチングしたのが「蟹」。

 今でこそ「エビちゃん」人気に後押しされて甲殻類な呼び方もアリな現状で、「カニちゃーん」なんてのも許容されるのでしょうが、この話は10年以上も前のこと、推して知るべしと言えましょう。