あてこすり(改)


 
 えー、新聞によりますと今年一年を表す漢字は「偽」なんだそうで、牛肉やら和菓子やらハンバーガーやらドーナツやら白いお土産やら、えー、あとは何がありましたっけねえ、嘘偽りなくすべて教えてくださいな、てな具合に指折り数えるのも億劫なほどにたんまりと明るみに出たわけでありますが、酒好きの私としましては、なによりも鶏肉の偽装ってやつに眉を寄せた次第でありまして。

 「主人、燗でひとつ」
 「へい」
 「あと、盛り合わせね」
 「タレと塩、どちらで?」
 「そしたら半々で」
 「かしこまりました」
 「時に主人」
 「へえ、なんでしょう」
 「ここのはどこ産だい?」
 「えー、比内鶏でございます」
 「ぬぬ、まさか偽装じゃあるまいね」
 「そんなダンナ滅相もない」
 「近頃、疑り深くなってしょうがねえ」
 「へい、盛り合わせおまちどう」
 「たとえばこの、皮」
 「皮がどうしました?」
 「・・・主人の皮じゃあるまいね」
 「え?」
 「偽装してるんじゃあるまいね」
 「ダンナまたまた冗談を」
 「冗談なんか言わないね」
 「アタシ10年前に手術してますから」
 「ほう、どこで?」
 「高須でございます」
 「ほっ、定番だねえ」
 「レーザーでございます」
 「それじゃあさぞかし立派なムスコさんをお持ちだ」
 「へ、へえ」
 「いずれ風呂で拝ませてもらうからね」
 「へえ、いや、それが」
 「どうしたんだい?」
 「一人遊びが過ぎたのかまたまた伸びてしまいまして」
 「そりゃまたどうして?」
 「それがまったくモテませんで」
 「ありゃりゃ」
 「それで夜な夜な自分で独り占めを」
 「そりゃあ伸びるわけだ」
 「こればっかりはどうにも誤魔化せません」

これがホントの皮肉というわけで。

くちびるサンボ


 『お、油塗ってんの?』
 なんてやぶからぼうに言われたら誰しも月並みに面食らうもんでして。一体どういう了見なのかと尋ねてみたらばリップクリームでつやつやてらてら光る私の唇のことだと言うじゃないかい。あたしゃ妖怪か。舐めてるかい?壺の油を舐めてるかい?人差し指で舐めてる風かい?と肩を揺さぶって問い返したくなるような物言いをするのは何も邪意があってのことじゃあなくて、青信号を緑と呼ぶような古い人間特有の大雑把な語法だから仕様がないといえば仕様がない。


 だけれども、飲み込めない心持ちは拭えども拭えどもこびりついたまんまでして。あたしがいかなる理由でリップクリームをなすり付けるかと問われれば、かさかさ唇がぴりっと割れて趣味のニタニタ笑いに痛みの支障をきたすからなんでありまして、その様を「油塗ってる」などと呼ぶのはなんぼうにも救われない。うまい手際でポケットから取り出してクイック上下の一度塗りでクールアンドスマートに決めても「油塗ってる」なんて具合に一刀両断されてはいやはや全くもって堪らない。甚大なデリカシー侵害であたしの心はデモクラシー。せめて、べにばな、キャノーラ、オリーブ油てな風にデリカシーある油ならウルトラC!てなもんですが、なかなかそうもいかない。


 なーんてことに頭を巡らせぶるぶる寒いと立っていたらば、雪のかけらがひらほらはらりと落ちてくる。こりゃあたまらん、犬を引き連れ庭っ先をぐるんくるくる駆けずり回って遊んでいたら、ほっかほっかと体が火照っていい塩梅。さらに駆けよと犬をけしかけぐるんぐるりとしてたらば、とろけてバターに大変身。ううむ不覚だ参ったどうしたものかと犬とあたしで窮していたらば、首尾よく出てきた家族の者を呼び止めて、犬のプランでリップの型を買いに走らせ、我らバターをそろーりとろりと流し入れ、冷ましたのちに完成したのが、さあさあお立ち会いパンに塗ってよし唇になすり付けてよしの万能リップクリームでえございます。これさえあればこの冬のニタニタ笑いはお手の物、さあどうだ分かったら遠慮は無用、どしどし買ってお行きやれ、どんどん買って行きなはれ。

あんかけこわい。


 酒を飲んだ後ってぇいうのは、ご多分に洩れず茶漬けとかラーメンとか汁っけの多いものが食いたくなるなるものでして。やれ酒、やれ肉、やれ魚、フライドポテトにタコわさび!なんて酒池肉林の限りを尽くして…いやいや酒池肉林にしちゃ安いつまみじゃねえかというプロファイリングは粋じゃないから置いてもらいましょう。でまあ、それほど飲み食いしたにも関わらず、舌の根も乾かぬ間に腹が空くっていうのは自分の身体ながら理解に苦しむ生理現象なんですけれども、こればっかりは操作の仕様がない。


 ただ問題なのはそれを食べたくなるタイミングであるわけで。たいていが自宅最寄の駅が見えて来るってぇ頃に小腹が空いて空いて、それはもう狂おしいほどに小腹が空いてたまらなくなるっていうから思案に余るほど質が悪い。これはなんとしても寝床に着く前に、狂おし小腹に決着をつけねば収まりよく寝ることなんかできゃあしない。致し方なく界隈のラーメン店へでも足を運んでカウンターでひとり麺をずるっと啜って風呂にでもへえって寝てしまおうかと思うが飲んで騒いだ後の振る舞いとしてはすこぶる寂しい。


 それだったらコンビニエンスストアでインスタント麺を手に入れて、部屋の隅で無感動かつ機械的に流し込んでしまうとしよう。そうだそうだそうしようってんで、早速インスタント麺の一画に足を運んで気抜けするやら、かちんと来るやら。なんと目当てのきつねそばが見当たらない。一方のたぬきそばは棚に並んではいるが、例の古ぼけた離乳食みたいなふやけた天ぷらがどうもいけない。いけすかない。なんできつねそばがありまへんの?ないものはないから諦めるしかないのだが、解せないのは「京風あんかけうどん」だの「海老と青菜の卵あんかけ XO醤仕立ての醤油拉麺」だの、ほかにも「あんかけ何とやら」等のあんかけ麺類の豊富さ。これは一体どうしたことかね。何をそんなにあんかけたいのか。何をあんかけ急いでいるのか。誰かね、こんなにあんかけのラインナップを揃えたのは。なになに、店長だって?


 ドンドンドン!店長いるかい?あんかけ店長いるかい?あのねえ、あたしゃ猫舌なの。いつまでも冷めないどろっとした輩は好きじゃあないんですよ。腹がぺこぺこ、略して腹ぺこなのに、溶岩の如く熱いあんかけが冷めるまで割り箸片手に唾液を飲み飲み辛抱しなきゃいけない不憫な心持ちがあんたにゃあ分かるかい?


 てな具合に糾弾したいが酔っ払いの言うことなんかまともに聞いてくれやしないと思い巡らし、仏頂面でシーフードヌードル買い入れ啜って寝た。ああ、あんかけよ。あにょはせよ。お前を受け入れる舌が是非とも欲しい。