華のある苗字


 林さんが不満げな表情でぶつぶつ呟いているので、どうしたんですか?と聞いてみると、「中林さんはずるいよな」と言って黙ってしまった。「どうかしたんですか?中林さんが」と返すと、ややあって「苗字に華があっていいよなあ。」と林さんは言った。

 話を聞いてみると、「林」という苗字は地味すぎて嫌なんだそうで、その不満を手近にいる同じ職場の中林さんに向けたらしい。でも「中林」って特別華があるとは思わないんだけどなあ。あと、小林、中林、大林ってあるけどオレだけ何もない。いわば素林だ。とも言っていた。(素うどんからヒントを得たと思われる。)そして、「じゃあどういう苗字がいいんですか?」と聞くと、林さんは言った。

 「薔薇林」

 その極めて安直でありながら斬新な発想に舌鼓を打つと同時に、「大丈夫かな、この人」と心配にもなった。ちなみに、TSUTAYAで会員になるとき画数多いから大変ですよ?と諭しても「それくらい我慢する」と言い張った。

 関係ないけど名前に薔薇って使えるんでしょうか?たとえば小川薔薇美とか。苗字が画数少なくてバランス悪いけど。薔薇美に釣り合うのは勅使河原かな。勅使河原薔薇美。見ただけで腱鞘炎になりそうです。

※11月3日追記
小比類巻薔薇美ってのも発狂しそうでいいですね。

吉田さんが置換しました。


 会社の吉田さんが、とある書類に「セブンエレブン」と記述していた。セブンイレブンのことである。真面目な表情でボールペンを走らせているのを見ると、どうやら冗談ではないらしい。さほど重要な書類ではなかったので敢えて指摘はしなかったが、「どうして?」という疑問は拭えない。ネイティブの発音に倣ったものかと思ったが、吉田さんが英語に堪能な人物だとは聞いたことがないし、そもそも「エレブン」とは発音しない。毎日セブンイレブンのCMが流れていて、吉田さんだってそれを見ているはずだから勘違いの可能性は低いし、何かがもらえるポイントシールも集めているみたいだし、会話では「セブンイレブン」と言っているのを何度だって聞いている。いまさら「あれどういうことですか?」とは聞けない。「イレブン」から「エレブン」置き換えのメカニズムは謎のまま。秋の夜長、物思いの題目にはうってつけかもしれない。

赤ちゃんが乗っています


 「赤ちゃんが乗っています」誰でも一度くらいは、このステッカーが貼られた車を見かけたことがあるはずだ。必ずと言っていいほど「だから何なの?」とキレ気味でコメントされる例のアレ。しかし今回はそういう手垢にまみれた議論はしない。

 「赤ちゃんが乗っているのでスピードは出しません。なのでお先にどうぞ」

 これが私の解釈である。おかげで私はノロノロ走行でも腹を立てることなく、むしろウインクをして「気をつけるのだよ」とテレパシーを送るなど、思いやりのある対応を可能としている。しかし先日私は出会った。車間距離を狭め、煽り、けたたましいスピードで追い越していった軽自動車に。寝た子も起こす運転である。そして後部ガラスには例のステッカー。

 腹が立った。そして何よりも危険この上ない。「ニイちゃん!なにしとん?早よ追いかけな!あのアマいっぺん殴らんと分からへんで!!」生き背後霊の(やしき)たかじんが激怒するのも無理はない。しかし勤務中なので事を荒立てるのは得策ではない。まあまあまあ。と私はたかじんにウィスキーのミニボトルを渡す。これでしばらくはおとなしいはずだ。そして考える。

 私の解釈は間違っていたのだ。あれには言葉以上の意味はない。ただ単に「赤ちゃんが乗っている車」という宣言をしているだけにすぎないのだ。要するに宣言したもん勝ち。なんだってアリなのだ。そっちがそう来るなら、こっちだって宣言をしない手はない。

 「夕飯の食材を積んでいます」

 「この車はエンジンを積んでいます」

 「肉と魚なら、魚が好きです」

 「大トロは脂身が多くて嫌いです」

 「CDはコンパクトディスクの略です」

 「カルピスを原液で飲んだことがあります」

 「右手が震えます」

 「赤ちゃんは成長しています」

 「リモコンの電池が切れかかっています」

 「録画予約を忘れました」

 「先週の月曜日、あれほど言ったはずです」

 「ハンドルが取れかかっているようです」

 「なんとかなります」

 「お掛けになった電話番号は現在使われておりません」

 「アン・ルイス」

 とここまで考えたところで、酔って寝ていたたかじんが目を覚ました。「なあニイちゃん。」私は黙って運転を続ける。「ニイちゃんて!」寝起きのたかじんはすこぶる機嫌が悪いようだ。そして、後部のガラスを指差して言った。「アン・ルイスってなんや?」

※宣言内容は予告なく、変更・追加の可能性があります。
 また、コメント欄で宣言するのは自由にやってください。