君の鍵を探しにゆくから。


 「なんか喉、渇いたね」僕がそう言ってコンビニに車を止めた。

 風は冷たいけれど、雲ひとつない空からの意外なほどに強い日射しがぐんぐんと照らし、車内をたちまち心地よい日だまりへと変えた。縁側でくつろぐような気分で運転をしていた僕は、心地よすぎて横になりたい。運転しながら横になりたい。運転しながら横になって東スポ読みたい。という気持ちが抑えられなくなり、そうなるともう運転ではなく、寝運転もしくはカウチポテト運転ということになってしまい危険なので、睡魔を取り払うべくコンビニへ立ち寄ることにしたのだった。

 熱い缶コーヒーを両手でパスさせながら車内へ戻る。飲み口に触れるか触れないかの微妙な位置から、ズッとひと口すする。熱い。コーヒーの香りが脳をつんとつついて催眠術が解かれたように眠気が引き、視野が明るくなる。さっきよりも空が青く見えた。

 さあさドライブを続けよう。僕はポケットから鍵を取り出す。しかしそこに鍵はなく、古いレシートが乾いた音を立てるのみだった。そんな筈ないと、すべてのポケット、足元、座席、靴の中。あらゆる場所をくまなく探しても見当たらない。濡れた筆が首筋をすうっとなぞり、焦りと動揺が目の玉を内側から何ミリか押し出す。落ち着け、ほんの数分間のことだ。コーヒーをすする。深呼吸をして目を閉じ、コンビニに着いてからの行動をゆっくりと思い浮かべた。

***

 結論から言えば、車の鍵はコンビニのごみ箱から発見された。何のことか分からないだろう。一体どうしてそんなことが起こりうるのか。その種明かしはこんな具合だった。

 駐車場に車を止めた後、用心のため鍵を抜いて店内へ向かおうとしたら、車内に空き缶が2つ、レジ袋が1つあるのが視界に入った。そして右手に空き缶、左手にレジ袋を持ち、コンビニのごみ箱に投げ入れたのだが、実はこの時、左手に車の鍵が握られたままで、つまりレジ袋と一緒に鍵を捨てていたのだった。

 「あのー、ごみ箱に車の鍵捨てちゃたかもしれないので、探してもいいですか?」と店員に聞いた時の合点がいかない表情と言ったらなかった。当然の反応だ。ごみ箱を漁っていると、情けない思いが湧いてきた。それは漁る行為にではなく、こんな状況に追い込んだ自分自身の愚鈍さに対してだった。僕はどうしてこんな所で、ひとり負け相撲を取っているのか。こんな失敗、二度としたくない。

 「あ、ありましたー」店員に薄ら笑いを浮かべて挨拶をすると、一人のドライブを続行した。やり場のない怒りと情けなさと恥ずかしさが込み上げてきて、人気のない道を選んで強くアクセルを踏み、どこまでも走った。

 入会しました。
 http://www.shippai.org/shippai/html/

ホットコーヒーください


 早朝に酒屋の自動販売機で熱い缶コーヒーを買う。ゴキ、とやる気のない音を立ててぬるい缶コーヒーが落ちてきた。

 熱い缶コーヒーを放置すると、その温度が気温に近づいていく過程の中でコーヒーが最もまずくなる一点がある。今、私が手にしているものはその一点を完全に再現していた。ぬるさの絶対温度というものがあるとしたら間違いなくこの温度だろう。

 暖を取りつつ眠気を覚まそうと思っていただけに、私はとてもがっかりしたのだが、酒屋を起こして返品する行為とその労力の間に折り合いがつかないと判断し、仕方なくその缶コーヒーを飲んだ。一瞬にして身も心もぬるまった。思わず、うげぇという顔をしていたら犬が見ていた。あっち行け。

初恋の味


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甘らっきょうのキャッチコピーである。

こんなでまかせ、かつてなかった。
もう一度言おう。初恋の味、甘らっきょう。

息を飲むほどの、ずば抜けたデタラメさ加減。
どんな頓知を駆使しても成立しない組み合わせ。
それを成立させんがための工夫がパッケージに伺える。

ピンクのハートで包まれた「初恋の味」、「甘らっきょう」の文字。
さらに「Love Love Scallion」という英文を上部にあしらっている。
恋っぽい要素を盛り込むことによる既成事実の構築。

強引。

工夫じゃなくて、強引。Love Loveってなあ。

「ニイちゃん、聞き分けのないこと言うたらアカンで。
 決まっとるやないけ、初恋の味は甘らっきょうに決まっとるやないけ。
 な?分かるやろ?みんな大好きなんや。分からへんことないやろ?」

手法としては、街のごろつきがふっかけてくる因縁と大差ない気がする。

お知らせ


この度、「除夜のテキスト祭」というWEB上のイベントに、
お願いして参加させていただくことになりました。

12月24日~12月30日の期間中に、108人の方のテキストを
1時間に1本ずつ公開していくとのことです。
お時間があれば覗いてみてください。

詳細はこちらをご覧ください。
http://hitokoto.fc2web.com/

※12/25追記
 出番が、12月25日の 17:00~18:00に決定しました。
 この1時間を見逃すと、見られませんのでご注意下さい。

くちびるサンボ


 『お、油塗ってんの?』
 なんてやぶからぼうに言われたら誰しも月並みに面食らうもんでして。一体どういう了見なのかと尋ねてみたらばリップクリームでつやつやてらてら光る私の唇のことだと言うじゃないかい。あたしゃ妖怪か。舐めてるかい?壺の油を舐めてるかい?人差し指で舐めてる風かい?と肩を揺さぶって問い返したくなるような物言いをするのは何も邪意があってのことじゃあなくて、青信号を緑と呼ぶような古い人間特有の大雑把な語法だから仕様がないといえば仕様がない。

 だけれども、飲み込めない心持ちは拭えども拭えどもこびりついたまんまでして。あたしがいかなる理由でリップクリームをなすり付けるかと問われれば、かさかさ唇がぴりっと割れて趣味のニタニタ笑いに痛みの支障をきたすからなんでありまして、その様を「油塗ってる」などと呼ぶのはなんぼうにも救われない。うまい手際でポケットから取り出してクイック上下の一度塗りでクールアンドスマートに決めても「油塗ってる」なんて具合に一刀両断されてはいやはや全くもって堪らない。甚大なデリカシー侵害であたしの心はデモクラシー。せめて、べにばな、キャノーラ、オリーブ油てな風にデリカシーある油ならウルトラC!てなもんですが、なかなかそうもいかない。

 なーんてことに頭を巡らせぶるぶる寒いと立っていたらば、雪のかけらがひらほらはらりと落ちてくる。こりゃあたまらん、犬を引き連れ庭っ先をぐるんくるくる駆けずり回って遊んでいたら、ほっかほっかと体が火照っていい塩梅。さらに駆けよと犬をけしかけぐるんぐるりとしてたらば、とろけてバターに大変身。ううむ不覚だ参ったどうしたものかと犬とあたしで窮していたらば、首尾よく出てきた家族の者を呼び止めて、犬のプランでリップの型を買いに走らせ、我らバターをそろーりとろりと流し入れ、冷ましたのちに完成したのが、さあさあお立ち会いパンに塗ってよし唇になすり付けてよしの万能リップクリームでえございます。これさえあればこの冬のニタニタ笑いはお手の物、さあどうだ分かったら遠慮は無用、どしどし買ってお行きやれ、どんどん買って行きなはれ。