ホットコーヒーください


 早朝に酒屋の自動販売機で熱い缶コーヒーを買う。ゴキ、とやる気のない音を立ててぬるい缶コーヒーが落ちてきた。

 熱い缶コーヒーを放置すると、その温度が気温に近づいていく過程の中でコーヒーが最もまずくなる一点がある。今、私が手にしているものはその一点を完全に再現していた。ぬるさの絶対温度というものがあるとしたら間違いなくこの温度だろう。

 暖を取りつつ眠気を覚まそうと思っていただけに、私はとてもがっかりしたのだが、酒屋を起こして返品する行為とその労力の間に折り合いがつかないと判断し、仕方なくその缶コーヒーを飲んだ。一瞬にして身も心もぬるまった。思わず、うげぇという顔をしていたら犬が見ていた。あっち行け。

初恋の味


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甘らっきょうのキャッチコピーである。

こんなでまかせ、かつてなかった。
もう一度言おう。初恋の味、甘らっきょう。

息を飲むほどの、ずば抜けたデタラメさ加減。
どんな頓知を駆使しても成立しない組み合わせ。
それを成立させんがための工夫がパッケージに伺える。

ピンクのハートで包まれた「初恋の味」、「甘らっきょう」の文字。
さらに「Love Love Scallion」という英文を上部にあしらっている。
恋っぽい要素を盛り込むことによる既成事実の構築。

強引。

工夫じゃなくて、強引。Love Loveってなあ。

「ニイちゃん、聞き分けのないこと言うたらアカンで。
 決まっとるやないけ、初恋の味は甘らっきょうに決まっとるやないけ。
 な?分かるやろ?みんな大好きなんや。分からへんことないやろ?」

手法としては、街のごろつきがふっかけてくる因縁と大差ない気がする。

お知らせ


この度、「除夜のテキスト祭」というWEB上のイベントに、
お願いして参加させていただくことになりました。

12月24日~12月30日の期間中に、108人の方のテキストを
1時間に1本ずつ公開していくとのことです。
お時間があれば覗いてみてください。

詳細はこちらをご覧ください。
http://hitokoto.fc2web.com/

※12/25追記
 出番が、12月25日の 17:00~18:00に決定しました。
 この1時間を見逃すと、見られませんのでご注意下さい。

くちびるサンボ


 『お、油塗ってんの?』
 なんてやぶからぼうに言われたら誰しも月並みに面食らうもんでして。一体どういう了見なのかと尋ねてみたらばリップクリームでつやつやてらてら光る私の唇のことだと言うじゃないかい。あたしゃ妖怪か。舐めてるかい?壺の油を舐めてるかい?人差し指で舐めてる風かい?と肩を揺さぶって問い返したくなるような物言いをするのは何も邪意があってのことじゃあなくて、青信号を緑と呼ぶような古い人間特有の大雑把な語法だから仕様がないといえば仕様がない。

 だけれども、飲み込めない心持ちは拭えども拭えどもこびりついたまんまでして。あたしがいかなる理由でリップクリームをなすり付けるかと問われれば、かさかさ唇がぴりっと割れて趣味のニタニタ笑いに痛みの支障をきたすからなんでありまして、その様を「油塗ってる」などと呼ぶのはなんぼうにも救われない。うまい手際でポケットから取り出してクイック上下の一度塗りでクールアンドスマートに決めても「油塗ってる」なんて具合に一刀両断されてはいやはや全くもって堪らない。甚大なデリカシー侵害であたしの心はデモクラシー。せめて、べにばな、キャノーラ、オリーブ油てな風にデリカシーある油ならウルトラC!てなもんですが、なかなかそうもいかない。

 なーんてことに頭を巡らせぶるぶる寒いと立っていたらば、雪のかけらがひらほらはらりと落ちてくる。こりゃあたまらん、犬を引き連れ庭っ先をぐるんくるくる駆けずり回って遊んでいたら、ほっかほっかと体が火照っていい塩梅。さらに駆けよと犬をけしかけぐるんぐるりとしてたらば、とろけてバターに大変身。ううむ不覚だ参ったどうしたものかと犬とあたしで窮していたらば、首尾よく出てきた家族の者を呼び止めて、犬のプランでリップの型を買いに走らせ、我らバターをそろーりとろりと流し入れ、冷ましたのちに完成したのが、さあさあお立ち会いパンに塗ってよし唇になすり付けてよしの万能リップクリームでえございます。これさえあればこの冬のニタニタ笑いはお手の物、さあどうだ分かったら遠慮は無用、どしどし買ってお行きやれ、どんどん買って行きなはれ。

蝶よ花よ、ああ犬よ。


 スパゲッティーをすすっていると、犬が走ってきてテーブルにぴょんと前足を乗せ、皿と俺の顔を交互に覗いてくる。ああ落ち着かん。たとえ犬であれ食事をじっと見られては箸が進まない。仕方なくスパゲッティーを一本、テーブルに垂らす。シュルッと音を立てて一瞬の内に消失した。なんつう食意地の張った犬だろう。

 母が「なんか掃除機みたいね」と言った。俺は「ダイソンか!」と頭を叩いて突っ込んだ。「キャ、キャン!」と犬は鳴いて走って逃げていった。かわいいかわいいと甘やかすのもいいが、たまには厳しくしなきゃなるまい。それが愛というものだ。

 そして犬は「キャ、キャン!」と鳴いて走って逃げた先のトイレで小便をしたあと、ハァハァとベロを出しながら走って戻ってきて、テーブルにぴょんと前足を乗せ、皿と俺の顔を交互に覗き始めた。「ニワトリか!」俺は頭を叩いて突っ込んだ。 「キャ、キャン!」(以後繰り返し)

ダイソンWEBサイト
http://www.dyson.co.jp/