美津子37.5歳


 ラベンダーの入浴剤を湯船にダポン、と落とす。細かな泡が、ふくらはぎをくすぐるように撫で上げる。はああ。大きなため息が出た。ここ数日、ずっしりとした疲労が体内に横たわっていて動こうとしないのだ。はああ。今度は湯船へ顔を浸しながら、ため息をついてみる。ボコンボコンと大きな気泡が2つ、水面に弾けた。

 誰もが美津子の美貌を褒め称えた。黒木瞳に似ているともっぱらの評判だった。悪い気はしなかったが、目立つのは嫌いだった。この年になってもナンパは日常茶飯事だし、魚屋の主人は決まって貝類をおまけで握らせてくるし、果物屋の主人はむいたバナナを「美容にいいから」とその場で食べさせようとするし、犬の散歩をしていると白くて気味の悪い警官が遠くからじっとこちらを見ていたりする。こないだなんかは「おキレイな方のほうが、なにかと、ねえ?」よくわからない理由でPTA会長を押しつけられてしまった。それでも、マコトのため、愛する息子のためなのだと自分に言い聞かせ、引き受けることにした。

 入浴剤はコトコト音を立てながら膝の裏を撫で、脇の下を撫で、いつの間にか美津子の背後へと移動し、しばらくのあいだ背中を撫で続けた。しゃわわー。痩せ細った入浴剤が赤と青とに色素を分離させながら水面に浮上する。美津子はその毒々しい色彩を観察するために顔を近づけると、微細な泡沫に形を変えた香料が、鼻腔を強烈に刺激した。痛い。美津子は、ものすごく体に悪いものを吸い込んでしまった気がして、犬のように何度も鼻をフンッとやった。

 しゃわしゃわと最後の力を振り絞る入浴剤。自らの存在を消滅させるべく躍起になっているその姿は健気であり、いじらしくもあり、そして腹立たしくもあった。「しゃわしゃわしないで!」美津子は入浴剤をバシャンと水中へ押し込めた。

 静寂を取り戻した水面を眺めながら、はああ。3度目のため息をつく。そして、水面から顔を覗かせた膝頭を何気なく見つめていると、美津子は気づいてしまった。皮膚が、まったくと言っていいほど水を弾いていないことに。だらしなくへばりついたままの湯水。なによこれ。顔を背けるつもりで胸元に目を移したが、そこには、より面積の大きい不安材料が広がっているだけだった。

「オユハリヲ、カイシシマス」美津子は瞬時に操作パネルへと手を伸ばし、首から下が隠れるまで、いや、湯船から溢れ出してしまうまで、お湯を張り続けた。美津子は、ゆっくりと失われてゆくラベンダーのうす紫に気づくこともなく、上昇してゆく水位を、ただただ眺め続けていた。

迷惑メールでスッキリ


 WEBメールの迷惑メールを蓄積しておき、頃合いを見計らってゴッソリ消去する行為にハマっている。ちょっとした爽快感が手軽に味わえるのだ。空になった迷惑メールフォルダを眺め、しばしのあいだスッとした心持ちを堪能する。それは、我慢に我慢を重ねた大きな獲物をトイレでひと息に放出した際の、臀部付近にしばらく続く、あのスッキリ感に似ていなくもない。

 通常、迷惑メールは1ヶ月経過すると自動的に消去されてしまうため、その直前に実行するのがコツ。つまり、より多くのメールを消去することによって最大限の効果が得られるというわけである。

 そろそろ時期か。そう思って迷惑メールフォルダを開くと、400通ほど蓄積している。まずまずといったところか。このまま、「空にする」の文字列をクリックしてもよいのだが、それでは味気ないというか、侘び寂びがないというか、多少の情けをかけるというか、手錠をかける前にタバコを一本吸わせる刑事の気持ちで、メールの件名にざっと目を通してみる。

メール一覧

 どうにかしてメールを開封させようと、限られた文字数の範囲内で躍起になっているのが見て取れる。悲しいものだ。このほとばしる熱量を、前向きな作業へ利用すれば、なにがしかの有益な結果が得られるのではないか。そう思いながら、「空にする」をクリックしようとして、慌ててその手を引っ込める。この件名は、なんだ。

お支払いの確お支払いの最終確認です

 言い直している。
「お支払いの確認」と言いかけたものの、より強迫効果の高い「最終」という単語を付与し、そして、最初から言い直している。

 なんだろう。
 このメールに、淡い親近感を抱いてしまうのは私だけだろうか。人間くささのようなものにつられ、開封してしまったのも私だけだろうか。そして、そのすべてが計算ずくなのでは? と気付いたのは、私だけではないはず。

七三日記(0222)


 
 ひさしぶりにマクドナルドへ。カウンターに立ち、定番のチーズバーガーを注文しようとしてふと、違うバーガーを食べてみようかと思い立った。立ったはいいものの、迷う。■注文を待つ店員の、逆光みたいなスマイルが否も応もなく焦燥を煽り、手元にあるメニューの内容がまったく頭に入ってこない。■もうなんでもいいよ、あ、あれあれ、あれだ、あれにしよう! 脳裏に、とあるバーガーが像を結んだものの、今度は名前が出てこない。■手元のメニューの、サブリミナルのごとく飛び込んできては消えてゆく無機質な文字の羅列から、脳裏の像と合致しそうな組み合わせを拾いあげ、その名を告げる。「ヤキテリア!」■違う、違うんです! そんな弁解の隙もなく、機転を利かせた店員がすかさず訂正をする。「テリヤキ、でよろしかったですか?」■どうしてこうなってしまったのだろう。陽の当たる2階の窓際に陣取って、「ヤキテリア」という単語を分解すると「テリヤキ」「ヤキトリ」「ロッテリア」で構成されていることが分かった。■タレをつけながら焼くという共通項による「テリヤキ」と「ヤキトリ」の喚起、そして、ハンバーガーチェーンという共通項による、ライバル店「ロッテリア」の喚起。その3つが、なんとも絶妙な混ぜ加減で発せられたというわけで。■まあ、それにしてもハンバーガーてのは残酷な食べ物ですね。粉々にした牛をこねて焼いてパンで挟んで食う。そう考えると牛タンも、焼いたベロをベロにベロっと乗せて、あまつさえ柑橘の汁をふったりして食うのだからなんとも野蛮極まりない。■さんざん食えや食えやと滋養を与えられ、愛でられ育てられてきた牛たちにしてみれば「詐欺じゃーん」と、自分のお人(牛)好し加減に忸怩の涙を流すのではないでしょうか。■「オレオを半分ずつ配るね」「うん」「1枚、2枚、3枚、4枚、5枚、6枚、7枚、ところでいま何時?」「6時」「7枚、8枚、9枚、10枚、・・・・・・ってオレの1枚少ないじゃん!」■これがオレオ詐欺です。今では「振り込め詐欺」と呼ぶので、どうにもいまさら感が拭えませんが。■あと、ぜんぜん関係ないんですが、歯磨き粉に書かれている「トラネキサム酸」を目にするたびに「トラネキ・サムさん」という外人の姿を想像してしまいます。ガス欠でJAFを呼んだりする、なんか、パッとしない外人です。

携帯用メッセージ壁紙No.006


まず、今回の壁紙を紹介しましょう。

success1

これまで紹介してきた壁紙については、
おおむね賛同してまいりました。

しかし今回の作品については、
否定的にならざるを得ません。
というよりも意味が分かりません。

「失敗」イコール「何もしないこと」
であると言いたいのでしょうか。

それとも、
「失敗」したくないなら「何もしないこと」
だと言いたいのでしょうか。

後者の場合、なんて後ろ向きなメッセージを
発信しているのだと言わざるを得ませんし、
前者を我が身に適用した場合、生まれてこの方
「何もしてない」ということになってしまい、
メンタル面で非常に厳しいです。

そうなればここは、
我が精神を鼓舞させるようなメッセージを作成し、
また、広く頒布しなくてはならないでしょう。

これは、かなり考えました。
夜な夜な煩悶し、頭を掻きむしり、
考えぬいて出た答えがこれです。

success2

一見、禅問答のようですが、深く考えるのはよしてください。
ここに意味を見いだすことは出来ません。

たぶん、考えすぎた結果、
アタマがバカ田大学に入学してしまったのです。
そしたら、ぼくは、しょうらいは、うえ木しょく人になりたいです。

携帯用メッセージ壁紙No.005


インターネットの普及から十数年。
私たちの生活はとても便利になりました。

なかでも特筆すべきはEメールの浸透。
携帯電話でも使うことが出来るようになり、
コミュニケーション手段として日常的に使われています。

しかしその手軽さの一方、
返信がない場合、不安に駆られることがあります。
1分おきにセンター問い合わせをした経験、
ホラ、あなたにもあるでしょう?

今回紹介する壁紙は、そこまで病的ではないにしろ、
携帯電話をじっと見つめ、愛しい人からのメールを待つ。
そんな、いじらしい乙女の気持ちを表した作品です。

はやくとどけ1

ふと思うのですがインターネットが普及してからというもの、
「待つ」機会の急増とともに、「待ち時間」に対するリミットが
大幅に短縮された気がするのです。例えば、こんな感じに。

はやくとどけ2

愛しの肉は、今日の午前中に三重の集配所を出発したばかりのようです。

クロネコヤマトの荷物お問い合わせシステム
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