「一休さーん! 一大事でござる~!」
石畳を打ち鳴らす蹄の音に、早朝の境内はただならぬ緊迫に包まれた。
「これはこれは新右衛門殿、こんな早くにどうなされましたかな」
「い、い、い、いっきゅ、いっ、いっきゅ・・・・・・」
腕を組み泰然自若として出迎える和尚は、肩で息をする新右衛門を見据えたまま奥へ向け呼びかける。
「おーい一休や、新右衛門殿が参っておるぞ」
「はーい、お呼びでしょうかー?」
和尚の呼びかけに対し、竹ぼうきを携えた一休は門の方角からひょこりと顔を覗かせた。
「なんだ、一休、そっちにいたのか」
新右衛門に連れられて足を踏み入れた広すぎる座敷の上座には、将軍がどってりと寝そべっていて、その傍らには桔梗屋が腕を組み座っていた。
「待ちくたびれたぞ、一休よ」
「本日はどのような御用向きでしょうか」
入口の襖を背にし、かしこまって座る一休に将軍は言う。
「まあまあ、こちらに来くるがよい」
将軍は背後の屏風を指差しながら困惑の表情を作って言った。
「この屏風にな、描かれている虎がな、夜な夜な屏風を抜け出しては暴れ回って、たいそう困っておるのじゃ。なんとか退治してくれんかのう、一休よ」
将軍はそう言い終えると扇で口元を隠し目配せをした。それを受けた桔梗屋は小刻みに肩を揺らしながらいやらしい笑みを浮かべた。入口で正座をして待つ新右衛門は、事の成り行きを心配そうに見守っている。
一休は何も言わず胡座をかき目を閉じた。そして、両手の人差し指をひと舐めし、側頭部に2回、円を描いた。どこから聞こえてくるともなしに耳に届く木魚の音色。それは一定の間隔を保ち、鳴り続けた。将軍の耳打ちに卑下た笑みで答える桔梗屋。そわそわと落ち着かない様子で一休を見つめ続ける新右衛門。いったいどれくらいの時間が経っただろう。ふいに木魚が鳴り止み、同時に仏鈴が鳴り響いた。
カッと目を見開き勢いよく立ち上がる一休。懐にしまった数珠がじゃらりと音を立てる。笑みを消し去り、一休の振る舞いを目で追う将軍と桔梗屋。微動だにせずゴクリと息を呑むだけの新右衛門。そして一休は、ずかずかと屏風の前へ進み出て仁王立ちとなり、屏風をしげしげと見つめたのち、両手をぐっと強く握りしめ、顔だけを将軍のほうに向け、あらん限りの声を張り上げて言った。
「なんでそんな無理難題言うんですか!!!」
それを言ったときの一休の顔面は、憤怒によってひどく歪み、あまつさえ、唇はわなわなと震えてさえいた。