ハッピーターンで幸せを


 
 コンビニでハッピーターン買い求め、やきもきしながら帰宅。部屋に入りレジ袋をファっと投げ捨て、上着も脱がず立ったままで開封しようとするものの、手が震えてうまくいかない。カリカリしながら思い切り左右に引っ張ると、ハッピーターンが部屋中に炸裂した。慌てて床に這いつくばり、ひとつを手に取って外装を引っ張っり、くるっと露わになったそれを、ベロリとやる。脳細胞がビリビリと嬉しがっている。そして裏返し、またベロリとする。気付くと、湿って味を失ったせんべいユニットが外装とともに散らばっている。

 ハッピーターンをベロベロしている姿は誰にも見られたくない。絶対に。やる際は、部屋の鍵を掛けておくべきだ。まあ、上記描写のような姿は問題外としても、普通にベロベロして、いや、「普通にベロベロ」っていうのもなんだか変な言い回しだけど、でも、そうでしょう? みんなも見られたくないでしょう? そうだ、この際だから聞くけど、ハッピーターンをベロベロする男ってどうなの? みんなやることだから許せちゃう? マジキモイ? 絶交? え? 私たち、終わりにしましょって、そんな。

 それにしてもハッピーターンはウマい。なんなんだ、あのアタマひとつふたつ飛び抜けた粉のウマさは。亀田製菓のサイトによると、あの粉は「ハッピーパウダー」と呼ぶらしい。ハッピーパウダー。ああ一度でいいから、あつあつご飯にかけて食べてみたい、さらにお湯を注いでハッピー茶漬け、塩こしょうに代えて炒めればハッピーチャーハン。インチキくさい名前だけど、絶対ウマいに違いない。

 そんなハッピーパウダー。原材料を見ても「調味料(アミノ酸)」としか書かれていない。いくらなんでも大雑把すぎる。しかし、あれだけウマいのだから、当然、企業秘密に違いない。コカコーラのレシピは限られた上層部の人間しか知らないのだという。個人的には、ハッピーパウダーのレシピも、それに匹敵すると思っている。

 だから、「ハッピーターンの粉だけが欲しい」という願いも、この自説によって打ち砕かれてしまった。もし流通していたとしても、当然、闇ルートから流れてきたもので、1グラム数千円はするだろう。「ハピ」「タン」。そんなセキュリティコードを短く交わし、すれ違うが如く交わされる取引。キョロキョロしてはいけない。真っ直ぐ前だけを見て帰らなくては。ほら、言わんこっちゃない、サツだ。

 「キミ、ポケットの中の物、見せてくれる?」「は、はい」「なんだコレは」「・・・・・・」「なんだと聞いている」「・・・・・・」「黙ってても舐めればすぐに分かるんだ」「ああ!」「ン!」「・・・・・・」「いくらだ?」「はい?」「いくらしたと聞いている」「さ、さんぜん、3500円、です」「・・・・・・よかったら、5000円で譲ってくれないか」

 亀田製菓さん。こんな事態になってからではもう、遅いのです。我々がハッピーになるためには、貴社のハッピーパウダーが必要です。全人類が切望しています。是非とも、パウダーを、パウダーのみを発売してください。ああ、パウダー、パウダー、パウダーくださいな。くださいください、ああ、くらさい、くれくれ、くれよ、オレに粉をくれよ、粉、粉、粉よこせ。オイ、ちょっと待ちな、オマエの手持ちの粉、全部よこせ。

 なんかもう、遅いみたいです。
 

冷めたらおいで


 
 とある場所で、「ほとぼりって一体なんのことなんですかね」という問いかけがあり、「ホットコーヒーが訛ったかなんかしたものです」と返信したのですが、この場を借りて少し補足したいと思います。

 上記において「訛ったかなんか」と濁したのは、有力な説として一般的に流布している”聞き間違い説”ではなく、個人的に”訛り説”のほうを支持しているからなのですが、つまり、こういう説です。

 ホットコーヒー —> ホットボディ —> ホトボリ

 コーヒーを飲んで体が温まった(ホットボディ)ものの、凍てつくような外気温で口がうまく回らず(ホトボリ)と訛ったのではないか。と、こんなふうに推測しています。ですから、「ほとぼりが冷めたらおいで」という言い回しは「ホットコーヒーが冷めたらおいで」と同義です。

 では、どれくらいの温度で「冷めた」と判断するのか。私の元にもしょっちゅう『何℃になったら大丈夫なのでしょうか?』などというメールが届きますが、これは、「冷め」の対象がホットコーヒーであるということに気が付けば答えは出たようなもので、ホットコーヒーとして美味しく味わえない温度ならば、それが「冷めた」状態なのです。ごく稀に『まだ冷めてないです、ぬるいです』などと反論される方もいらっしゃいますが、それを飲んで「美味しい」と感じるのですか? そうです、あなたの言うそれは、すでにホットコーヒーではないのです。

 つまり、あなたが誰に対してどんな失礼な、或いは、酷いことをしてしまったのか、それは敢えてお聞きしませんが、手元のホットコーヒーを口に含んでみて、飲み頃を過ぎていると感じたのなら、その方の所へ顔を出してもよいのではないでしょうか。目安ですか? そうですね、だいたい15分でしょうか。

 

佐藤や鈴木や高橋は


 駅前の垢抜けない居酒屋に首を揃えた佐藤と鈴木と高橋。ニッポンの苗字ベスト3のありふれたボクらは、擦り切れた座布団に胡座をかき、または立て膝をつき、壁にもたれ、それぞれ思い思いの格好でもって、ありふれた料理を食み、ありふれたアルコールを飲み干し、追加し、トイレと座布団とを何度か行き来し、新年の抱負的なことを交わし合ったり、『アイドル歌手を脱がせたい』とか『AV女優に服を着させたい』とか、そういったことを話し合った。

 佐藤がカウンターの奥に呼びかける。
「おっちゃん、酒気帯び牛乳!」
「なにそれなにそれ? オレもそれ!」
「高橋は?」
「えっ!? あ、そしたらオレも!」

 勢いで頼んでしまったが、出てきたのは焼酎の牛乳割りだった。3人で白いグラスを傾けると酒席はたちまち給食の時間的な雰囲気を帯びた。その旨を告げると、佐藤と鈴木は「あー」としか反応しなかった。中学の頃、遊びに行った佐藤の家で、おやつにピクルスが出てきたことがあった。今となってはどういうチョイスセンスなのかと驚くが、当時、ボクはピクルスというものを知らなかった。佐藤が「きゅうりの酢漬けだよ」と教えてくれた。途端にボクはひらめいて「オイ、酢漬け!」と鈴木を呼んだ。確かあの時も、今みたいに「あー」な反応だったはずだ。

 佐藤が「無茶をしたい」と言った。例えば? と聞いてみると、『メジャーデビュー』とか『高級寿司の大食いに挑戦』とか『ノーパンで電車に乗る』とか『女子高生に胴上げされたい』とか『神と和解したい』とか、無茶というよりも、剥き出しの欲望たちを次々と並べ立てた。「それは違う」ボクと鈴木が声を揃えると、むむうと考え込んで「じゃあ信号無視は?」と言った。

 なんだか佐藤は、無茶と童心とを混同しているようだった。まあ気持ちは分からないでもない。ボクらはずっと大人の階段を登ってきた。出し抜けに子供のコツを会得するのは困難だ。童心に返るには、子供への階段を一歩一歩登らなければならない。その手始めとしての信号無視。当初の提案に比べ、いささかスケールが小さすぎるものの「そのくらいなら」と思わせる手のひらサイズの無茶に、ボクと鈴木はつっかえながらも頷いた。

 外はかなり冷えていた。ごくごく細かい雪がひょろひょろと落下してくる。
「降るって、言ってたっけ?」
 空中を見上げながら呟く。
「あー」
 反応を示す二人。落下してくる雪の音を聞くことが出来そうなほど、しんとする駅前。見渡す範囲には、ボクたち以外の生命体は確認できない。
「急げ!」
 突如、駆け出す佐藤。慌てて後を追うボクと鈴木。赤から青へと変わったばかりの横断歩道で佐藤は立ち止まる。ボクと鈴木もその横に並ぶ。なんなのこれ? という視線を送ると「信号、無視」と、『どう? この、逆転の発想は』みたいな顔つきで言ったので、なんとも癪に障った。佐藤はすでに童心をマスターしていた。というよりも、いまだに大人の階段を登っていないのかもしれない。そしてたぶん、それに付き合うボクと鈴木も。

 そうして3人で、顔面を青く染めながら、信号無視をした。
 唐突に吹き抜けた強く短い風が、酔いで火照った頬を冷ます。考えてみるに今ままでのボクの生き方は、青信号でさえ、こうして渡らずにいたような気がする。これからは青信号はもちろん、赤信号でもどんどん渡ってぐんぐん進んで行こうと決めた。それがボクの、今年の抱負だ。佐藤と鈴木には黙っておくことにした。だって、反応はたぶん「あー」だ。

七三日記(0121)


■僕なんかは「出来ちゃった結婚」っての本当はあれ「出ちゃった結婚」だと思ってるんです。どうして「出来ちゃった」のかを考えればおのずと結論が出ちゃうわけです。■結果を掲げて原因をくらませる巧みな手法、なんて言うと悪意が滲みますけど、考えの硬い人間ではありませんから「順序が逆」とか「けしからん」みたいなことは言いません。むしろ「おめでとう」って祝福したいですし、実際、そう言いますし、なんなら結婚式にも出ちゃいます。■片道二車線の国道を走っていたら「左に寄れ」という看板が。どうやら工事のようです。■「ごめんねごめんね入れさせて」ってウィンカーをチカチカさせて左車線に割り込んで、ハザードの点滅で感謝の意を表明。って、そこまでやったのにも関わらず、左車線で工事しとる。■馬鹿野郎! もう、なんか、みんな慌てつつも、よろよろしながら右車線に寄り戻ってて、要するに看板が間違ってたんですけど、もんの凄く腹が立って立って立って、かつ、青筋を立てました。今となっては「なにもそこまで」って感じなんですけど、どういうわけかその時は、自分の邪悪な面が出ちゃいました。■あちこちにモーテルの看板を見かけます。私にとっては縁のない建造物ですが、一度気になりだすと「あ!」「あそこにも!」「またあった!」といった感じでキリがありません。つまり、キリがないほどあるのです。■さらにここ一年ほどで新しい看板がかなり増えました。そんなにも需要増なんでしょうか。あれですかね、もしかしたら厚生労働省の少子化対策の一環なんですかね、秘密裏で実施してるような。うわ、今、なんか、ちょっとした裏事情を知った気分になって、テンション上がって、ドーパミンが出ちゃいました。■モーテルといってもネーミングは様々です。こないだ「カーニバル」ってのを発見したんですが、躍動感のあるフォントで、看板全体もワクワクするような色使いだったんです、ああ、一体どんなんでしょうかね?■入った途端、弾けるようなサンバ的音楽と七色の光を放つボール状の照明がくるくる回ってお出迎え。むっとするような室内温度でもう気分は常夏。見渡す室内に配備された、ハンモック、椰子の木、トロピカルドリンクの3大南国要素が気分をダメ押し。さらに、ドでかいプラズマテレビの隣にはWiiがあって、キャッキャ言い合いながら体を動かして、疲れたらハンモックで冷たいトロピカルドリンクを飲んで、じゃあ次はテニスで勝負ね! なんて感じでまた体を動かして、さ、汗もかいたしシャワー浴びよう。あーさっぱりした。忘れ物ない? ないよね? よし、じゃ帰ろうか。2時間で、え? 3500円? やっすぅーい!!!■ぜんぜん少子化対策に寄与しないモーテル。■あー、この妄想、なんかもう、どうでもよすぎちゃって、涙が、出ちゃった昨今。