「赤ちゃんが乗っています」誰でも一度くらいは、このステッカーが貼られた車を見かけたことがあるはずだ。必ずと言っていいほど「だから何なの?」とキレ気味でコメントされる例のアレ。しかし今回はそういう手垢にまみれた議論はしない。
「赤ちゃんが乗っているのでスピードは出しません。なのでお先にどうぞ」
これが私の解釈である。おかげで私はノロノロ走行でも腹を立てることなく、むしろウインクをして「気をつけるのだよ」とテレパシーを送るなど、思いやりのある対応を可能としている。しかし先日私は出会った。車間距離を狭め、煽り、けたたましいスピードで追い越していった軽自動車に。寝た子も起こす運転である。そして後部ガラスには例のステッカー。
腹が立った。そして何よりも危険この上ない。「ニイちゃん!なにしとん?早よ追いかけな!あのアマいっぺん殴らんと分からへんで!!」生き背後霊の(やしき)たかじんが激怒するのも無理はない。しかし勤務中なので事を荒立てるのは得策ではない。まあまあまあ。と私はたかじんにウィスキーのミニボトルを渡す。これでしばらくはおとなしいはずだ。そして考える。
私の解釈は間違っていたのだ。あれには言葉以上の意味はない。ただ単に「赤ちゃんが乗っている車」という宣言をしているだけにすぎないのだ。要するに宣言したもん勝ち。なんだってアリなのだ。そっちがそう来るなら、こっちだって宣言をしない手はない。
「夕飯の食材を積んでいます」
「この車はエンジンを積んでいます」
「肉と魚なら、魚が好きです」
「大トロは脂身が多くて嫌いです」
「CDはコンパクトディスクの略です」
「カルピスを原液で飲んだことがあります」
「右手が震えます」
「赤ちゃんは成長しています」
「リモコンの電池が切れかかっています」
「録画予約を忘れました」
「先週の月曜日、あれほど言ったはずです」
「ハンドルが取れかかっているようです」
「なんとかなります」
「お掛けになった電話番号は現在使われておりません」
「アン・ルイス」
とここまで考えたところで、酔って寝ていたたかじんが目を覚ました。「なあニイちゃん。」私は黙って運転を続ける。「ニイちゃんて!」寝起きのたかじんはすこぶる機嫌が悪いようだ。そして、後部のガラスを指差して言った。「アン・ルイスってなんや?」
※宣言内容は予告なく、変更・追加の可能性があります。
また、コメント欄で宣言するのは自由にやってください。