お小噺


なんでも往来で下着を見せびらかしていた自称20代の女性が逮捕されたなんてニュースを少し前に目にしたわけですけれども、けしからんのは30代女性が20代だと年齢を偽っていたことでもなく、公衆の面前で下着を露にしたことでもなく、この前スーパーで買ったイカそうめんが全然切れてなくて、単に切れ目の入ったベローンとしたでかい刺身だったということに尽きるのでございます。さておき「下着を露に」というと、なんだか必要以上にいやらしい語感なのはこのところの暑さのせいでしょうか。そんなふうに世の中乱れに乱れておるわけでございます。

とまあ、乱れるには乱れるなりの理由があると考えるのが道理でございまして、これは種の法則とでも申しましょうか、遺伝子が持つ多様性を生むチカラといったような作用が肌理細かく世間に影響を及ぼしておるやもしれません。ひとくちに「焼肉屋」と申しましても無煙ロースターもあり七輪のような炭火もあり、果てはコスプレ焼肉などという風俗まがいのけしからん焼肉屋まで登場する始末。いくら多様化するのが宿命とはいえコスプレはない。中途パンパすぎるではないですか。いっそノーパンぐらいまで進化せねば世間様は納得しないってものでございます。

とまあ、科学的根拠に基づいて世間の乱れを認めるにしろ世の中というのは不思議なもので、氾濫が起きると淘汰が始まるんですね。増えれば減る、開けば閉じる、電球は光る、光るは親父のはげ頭、といった具合に自浄作用というか自然淘汰という法則もさもありなんでございます。乱れた世の中に品格を!作法を!と言わんばかりに、最近ではそのテの書籍やらセミナーやらが流行の兆しを見せております。また、コンプライアンスなんていうまやかしの呪文で規制に縛り付けたりする傾向もありまして、収束するチカラには猜疑的な念を抱かずにはいられないものです。

とまあ、規制や淘汰が悪いような物言いをしてしまいましたが「品格」なんてのは我々現代人が忘れがちな大事なナニカであることは間違いないわけでありまして、せいぜい人様に後ろ指を指されない程度には品格を纏いたいと思うわけでございます。手っ取り早いところでは丁寧な言葉遣いなんてのがありますが「お紅茶いかが?」なんて結構じゃありませんか。「お砂糖はおいくつ?」なんて訊かれたら思わず「お万個お願いします」なんて言ってしまいそうでございます。そして嗜み。絵画なんて良いと思いますね。芸術は心を豊かにしてくれます。

おアートがよろしいようで

サービスって、なんだろう。


 かれこれ2年以上も通っている美容室で、カットの前にアンケートを書かされました。

本日のカット担当の希望はございますか
□男性
□女性
□どちらでもよい

アシスタントの希望はございますか
□男性
□女性
□どちらでもよい
(ご希望に添えない場合がございます)

 なるほど。サービスの質を高めるためのアンケートですか。
 そりゃまあ、どっちかって言ったら女性の方がいいけど、自分の中では美容室は苦行の場であって、カットの最中は「居心地の悪さに耐える」という作業に没頭しているのでどちらでもあまり関係ありません。というか、アシスタントの希望まで聞くってのはどうなんでしょうか? そういうわけで「どちらでもよい」で。

仕上がり時間のご指定はございますか
(  時  分頃)

 忙しい人向けの設問ですね。基本的に髪を切りに行く日は後の予定を入れないことにしているので関係ありません。カットの最中に聞かれるよりはマシでしょうか。この設問は無記入で。

シャンプーの際の強さはどれくらいがよろしいですか
□しっかりとした力で
□程よい力で
□弱い力で

 なるほど、強さですか。強さ、強さね。うーん、分かんない。強さの基準が分かんないから「程よい力」で。

肩のマッサージのお好みはございますか
□強くやってもらいたい
□程よくやってもらいたい
□弱くやってもらいたい

 また強さ?? 正直、ここまでサービスのレベルをすり合わせる必要あるの? って疑問に思うんですけど。ここもまあ「程よく」で。

普段、どんな雑誌をお読みですか
(           )

 オシャレな雑誌のひとつも書いておきたいところだけど残念ながら。もし「デラべっぴん」って書いたらどういう雑誌をチョイスしてくれるのか。なんかこの設問に関してはセンスを丸裸にされそうなので無回答。どっちみちアレを読まされるわけでしょう? CUTだ、CUT、CUT持って来ーい!!

以前に、パーマ液などで湿疹等が発生したことはありますか
□ある
□ない

ご希望のカットはお決まりですか
□決まっている
□決めていない

 おっと、ようやく実用的な設問が。
 ていうかさオレってさ、ヘアスタイルに明確なビジョンを持たないっていうスタイルを突き通してるジャン? だから「どうなさいますか?」って聞かれても困っちゃうんだよねー。まあ美容師も困るんだろうけどねー。ま、だからこの設問は胸を張って「決めてない!」って言えるチャンスをオレにくれたよねー。ていうか、ていうかさ、このアンケート長くね? そろそろ終わりにしたいからサクサクって次の設問行っちゃおうぜー。

カットの際、お話ししたいですか
□話したい
□程よく話したい
□静かにしていたい

 開けよった。ついにパンドラの箱を開けよったでこの美容室は。血の巡りがカァーってなったし、全身がズゥンって感じになりましたよ。このエリアにはどんなことがあっても触れたりしないという協定が、私たちと、あなたたちの間にあったはずですよね? あからさまなデリカシー違反ですよね? そもそも、話したいのかそうでないのか、その辺りの機微を読み取るのが客商売ってもんなんじゃないですか? ここはあれですか? ゆとり美容室ですか? そうじゃないって? ふん、どうだか。そんな必死に言われてもね。

 だいたいね、こんなのがサービスのわけないじゃない。めちゃくちゃ答えづらいじゃない。静かにしてたくても「程よく話したい」につけちゃうじゃない。めちゃめちゃ気ぃ使うじゃない。客に気ぃ使わせてるじゃない。あのさ、もしさ、あなた方がサービスの質を高めたいと思ってるんだったら、こういう設問があってもいいんじゃない?

カットの際、語尾はどうしますか?
□ナリ
□ごわす
□アル

例えばこんな感じ。

「シャンプー台のほうへどうぞナリー」
「かゆい所はないでごわすか?」
「お湯加減はいいアルか?」

 サービスだねえ、すごくいいサービスだねえ。これぞサービスだよ。
 あと、こういうのもあるよ。

カットの際、合間合間にさりげなくチンコを触られたいですか?
□触られたい
□触られたくない
□程よく触られたい

 こういう設問を追加する覚悟があるなら「ゆとり美容室」発言を撤回してあげてもいいんだけど、やっぱダメ? ダメですよね? いや、あの、どうしてもダメ?

ゴールデン日記


 飲みすぎてしまい起き抜けに吐瀉物。
 小中高と縁のあった友人と久しぶりに会えたのがよっぽど楽しかったんでしょうなあ。でしょうなあ、ってのは後半の記憶がまったくなくて。

 途中、友人が女の子の友達を呼んだのですが、ノリのよい子だったので下ネタの歯止めが効かなくて、最終的に「それ、引く」みたいなことを言われた記憶が、あー、なんにも思い出したくありません。

 気がつくと隔離された部屋で薄っぺらい布団と座布団を枕にして寝ていました。畳の上で。もー体のふしぶしが痛い。で、冒頭の一行に至るというわけで。ビタ一文使いものにならない体たらくで丸一日が終わってしまいました。

ほんでもってまたもやプロフィール更新です。
http://2manji.jp/matohazure

あと、短歌も。
http://d.hatena.ne.jp/matohazure/
最近はこっちのほうが書いてて楽しいです。
よければどうぞ。ただし、過度な期待は禁物です。

メロンソーダ


 窓際の席、後ろ姿が見えた。
 呼び出された理由がなんとなく分かっているから、足取りが重い。無言で向かいの席に腰掛けると、ストローで氷をつつく手を止め目を上げた。僕は、彼女の、この上目遣いがすごく好きだ。

「ひさしぶり」

 そう声をかけると再び目を落とし、氷をもてあそびはじめる。深夜の国道を、気が触れたようなスピードで走り去るトラック。沈黙。時間の感覚が麻痺するほどに僕の胃はキリキリと痛んでいて、ああ、もう、この空気、我慢できない。

「あのさ、ハナシっ……」
「ご注文の方お決まりでしょうかー?」

 唐突に店員が現れた。
 僕は手元のメニューを開き、最初に目に入った文字列を口にする。

「あの、コーヒーで」
「お砂糖はおつけいたしますか?」
「はい」
「ミルクはおつけいたしますか?」
「いや」
「ホットとアイスがございますが」
「え、じゃあ、アイスで」
「では、お砂糖ではなくガムシロップをお持ちしますがよろしいですか?」
「えーと、はい」
「ご注文繰り返します、アイスコーヒーおひとつ、でよろしいですか?」
「はい」
「ガムシロップありの、ミルクなしで」
「ええ」
「ではごゆっくりどうぞー」

 誰も渡ることのない横断歩道の青が、急げ急げと点滅している。
 店員によって作られた二度目の沈黙。それを破ったのは彼女の方だった。
  
「そういうところが好きじゃないの」
「え? なにが?」
「今の注文、効率悪すぎ」
「いや、今のは店員のせいだし」
「鈍臭いって言ってんの」
「だから今のは」
「あんたが鈍臭さを呼んでんのよ」
「僕が?」
「そうよ」
「あ、いや、だとしても、それがなんなんだよ」
「別れたいのよ」
「……」

 やっぱり。
 たぶんたぶんと思ってたけど、やっぱり。

「そうか」
「そうなの」
「……じゃあ僕もひとつ言わせてもらっていいかな」
「なによ」
「これって、別れ話でしょ?」
「そうよ」
「じゃ、メロンソーダはないよ」
「は?」
「なんなの? その色」
「別にいいじゃない」
「なんか、沼みたいだし」
「意味分かんない」
「色合いが沼だって言ってんの」
「意味は通じてるわよ!」
「こういうときって、男・コーヒー、女・紅茶でしょ?」
「ドラマの見過ぎよ」
「目がチカチカするよ!」
「知らないわよ!」

 僕たちは、本当にこれで終わってしまうのだろうか。
 嫌だ、嫌だ嫌だ。僕は、彼女が大好きなんだ!

 三度目の沈黙を破ったのは、店員だった。

「サイコロステーキお待たせしましたー」
「いや、頼んでないですけど」
「あ、大変失礼いたしましたー」

 ホラね、と言わんばかりの彼女の視線が突き刺さる。知らない振りをしてふと横を見ると、3つの皿を抱えた別の店員が厨房の方からこちらに向かってくる。

「カツオのたたきサラダお待たせいたしましたー」
「あの、頼んでませんけど」
「失礼いたしました、カツオのたたきご膳のほうですね」
「いやいや、それも頼んでないです」
「カツオのたたき単品お待たせいたしましたー」
「消去法!」
「はい?」
「残ったやつが正解って訳じゃないからね」
「誠に申し訳ありません、大変失礼いたしましたー」

「ちょっと待って!」
「はい、なんでしょう?」
「アイスコーヒー頼んだんですけど」
「あちら、ドリンクバーとなっておりますので」
「え?」
「セルフサービスでお願いします」
「えー!」
「ねねね、ついでにメロンソーダ汲んできて」
「うん!」

メロンソーダ

 

強盗


※気まぐれに過去ログを上に持って来てみました。 

 とある小さな郵便局。
 局内には、キーボードの音だけがカタカタと響いている。
 待合コーナーには老人の男女2人が黙って座っているのみ。
 客かどうかは分からない。単なる暇つぶしかもしれない。
 田舎によくある、のどかな午後である。

 そこへ、サングラスにマスクをした男が音もなく現れる。
 よく分からない球団のキャップをかぶりなおしつつ、窓口に立つ。

三本木 いらっしゃませぇ

 と、女子局員の三本木のり子、微笑む。
 微笑みを保持したまま待つが、男は何も言わない。
 痺れを切らした三本木、切り出す。

三本木 本日はどういったご…

 男、ジャンパーのポケットからすばやく拳銃を取り出す。

三本木 きゃあああ!
   騒ぐんじゃねえ!
三本木 きゃああああああ!
   騒ぐんじゃねえ!

 局長の大沼、奥からやってくる。

大沼  どうしたんだ三本木くん!
三本木 きゃああああああ!
大沼  どうしたと言うんだね、三本木くん!
三本木 きゃ、きゃ、きゃあああああああああ!
大沼  ど、ど、どうしたんだあああああああ!
三本木 きゃ、きゅ、局長ぉおおおおおおおお!
大沼  いち、に、三本木くぅううううううん!
   さ、わ、ぐんじゃねえ!!!!!!!!

 男、拳銃の尻でカウンターをドン! と叩く
 ピタリと静まり返る局内。
 銃口は三本木の眉間に向けられている。

   金を出せ
三本木 きゃあああ!
   黙れ馬鹿野郎!

 大沼、振り返らずに奥に向かって声をかける。

大沼  小野寺くん、金庫、金庫を開けてくれるか
小野寺 ハ、ハイ!
大沼  しばらく、しばらくお待ちください
   さっさとしろ!
大沼  小野寺くん、急いで
小野寺 ハ、ハイ!
大沼  早急に用意させますのでっ!

 ジリリリリリリリリリリリリリリ!
 突如、けたたましくベルが鳴り響く。

   やりやがったなこの野郎!
大沼  もう逃げられないぞ!
三本木 局長!

 大沼、不敵な笑みで背広を脱ぎ、一振りしてまた羽織る。

三本木 なんの意味もないわ!
   ふざけた真似しやがって

 男、待ち合いコーナーの老女を捕まえ、銃口を向ける。

大沼  タヅさんが!
   ぶっ殺す
三本木 きゃああああ!
   いちいちうるせえんだよ、このアマ!
大沼  お年寄りになんてことを!
   なんなら隣の爺さんも仲良くあの世にどうだ?
三本木 違うわ!
大沼  その人は地井さんだ
三本木 地井っていう名字なの
大沼  爺さんじゃないんだよ
地井  あ、はい、地井ですだ
   んなこと聞いてねえ!

 パトカーのサイレンが遠くから聞こえる

   おまえら全員、壁際に並べ!

 暗転

 大沼、三本木、小野寺、地井、両手を上げたまま壁際に立っている。

   こうなった以上、全員に死んでもらう
大沼  そんな……
三本木 やだ、やだやだ

 銃口を突きつけられたままのタヅ、ぶるぶると震えだす

タヅ  う、う、ううう…
   ははは、婆さん、死ぬのが怖いか
タヅ  孫に、最後にひと目、孫に会いたいのう
   悪いがそうは行かねえな
大沼  わ、私には妻と娘と息子がいる、会わせてくれ!
   ダメだ
三本木 ワタシ、来月、結婚するんです
   諦めるんだな
地井  畑のキュウリさ水をくれたい!
   空気読もうぜ、爺さんよ
小野寺 う、う、あう
   なんだ若いの
小野寺 あの、パ…の、消し…
   テメエ、はっきりしやがれ!

 男、大声で怒鳴りつける。
 すると小野寺、シャンと姿勢を正し、キリリとした顔つきになり、
 一気にまくしたてる。

小野寺 じ、自分がもしいま死んだとして葬式とかが終わったあと、パソコンのハードディスクに入っている滅相もない画像やけしからん動画を父や母や姉や妹や弟が発見したとしたら、見つけたとしたら、ああ、目にしたとしたら……う、ううう、ううううう

 大沼以下全員、呆気にとられた表情で小野寺を見つめている
 黙ったままじっと小野寺を見つめる男

   ……行け
全員  え!?

 全員、素っ頓狂な声をあげる。

   早く行け
小野寺 あ、ああ、ええと
   オレの気が変わらねえうちに行け!
小野寺 ハ、ハイ!

 小野寺が出口に向かって走り出したその瞬間。

   ちょっと待て!

 銃口を向ける男。
 小野寺、反射的に両手を挙げる。
 全員が息を殺し見守る。
 小野寺、恐怖で口をパクパクさせる。

 男、少し下げたサングラスの隙間から小野寺を見る

   ブラウザのお気に入り、消すの忘れんなよ
小野寺 ……ハ、ハイ!!!

 「ウィィ」自動ドアが開く音とともに、
 パトカーのサイレンが局内にどっと流れ込んできて、
 ドアが閉まると同時に、ふたたび静寂が局内を支配し始める。

地井  は、畑のキュウリさ水くれたいんだが……

 暗転

 終幕