業務連絡001 水曜日の会食について


 
Subject:[業務連絡]水曜日の会食について
To:安達専務
Fm:加藤


専務、お疲れ様です。


先日行われた、パナップ・梅田社長との会食の件でお話があります。


はじめに、天気の話、そこから気象予報士の話に変わって、
石原良純さんの名前が出てきたのは、ご記憶にございますでしょうか?


梅田社長が、「ね、知ってた?彼って、気象予報士なんだってね」と仰ると、
専務が、「元・石原連中だったしね」と発言なされました。


本気なのか冗談なのか判断がつきかねたため、
指摘する契機を逃してしまいましたが、
正確には、「石原軍団」だと思います。


専務はお気づきにならなかったかもしれませんが、
梅田社長以下、怪訝そうな表情をしておられましたので、
私は、手に汗を握っておりました。


個人的な意見を述べさせていただけば、「軍団」を「連中」に
置き換えてもよいのは、日光猿軍団だけです。


僭越ながら、ご注進申し上げましたことをお許し下さい。


以上。


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Subject:Re:[業務連絡]水曜日の会食について
To:加藤
Fm:安達


おつかれ。


そうか、軍団か。
心配かけてすまんな加藤。


ところで、加藤の署名ってカッコイイな。
俺も暇なとき作ってみるかな。


安達

パーソナルな風よ吹け


 

senpuki

 PCショップの入り口に扇風機がディスプレイされていた。
 よく見かける光景なのだが、どうも違和感がある。売り場に棒立ちして考えてみたが正体が見えてこないので、携帯電話で写真を撮っておいた。PCに取り込んで解析するのだ。

 落ち着いて眺めると、写真からいくつかのことが分かってきた。 
 まず、「1、680円」の赤い文字が飛び込んでくる。しかし問題はここではなく、その上の「主な特徴」にあった。

 「ロータリースイッチ 弱 <=> 強 切替」

 メカに疎い人間であれば、「ほほう」などと漏らすかもしれないが、要するに「風量調節は2段階だけ」という、マイナスのセールスポイントなのである。

 そして、「ロータリースイッチ」などど呼ばれるものの正体は、何のことはないダイヤルのことで、ガチャガチャと回す大昔のテレビのチャンネルと似ている。こうしてみると、もう、なんていうか、弁解の余地がないほどにコテコテの旧型扇風機であることが分かる。

 鉄腕アトムが青空を飛び回るはずの、「21世紀」という「あの頃の近未来」に今、ボクたちは存在しているのに、風量調節2段階の扇風機という現実を突きつけられては、近未来はまだまだ遠い未来なのだと実感してしまう。

 そこへ来て、「パーソナル扇風機」の商品名だ。
 1、680円という激安価格であるが、「パーソナルコンピューター」と同じ意味合いの「パーソナル」を頭に付与することによって、他社扇風機の追随を許さぬ最新のイメージを喚起させ、スペックの貧弱さをカバーしようという魂胆が見え隠れする。おおかた、「パソ扇」とでも呼んで欲しいのだろうが、そうはいくか。

 それにしても、「パーソナル」という言葉は便利だ。
 いつもの商品も、違ったイメージで私たちの前に現れる。
 例を挙げるなら、

 パーソナル電球
 パーソナル軍手
 パーソナル馬鈴薯
 パーソナルペヤング
 パーソナル耕運機
 パーソナル除草剤
 パーソナル仏壇
 パーソナル墓石

 といったところか。あとは各自の課題としよう。

 同じ手法により、売り上げ不振の商品や影の薄いものも、「パーソナル」の付与により、俄然、イキイキしてくる。

 パーソナルメンマ
 パーソナルサンバイザー
 パーソナルサスペンダー
 パーソナル鳥取
 パーソナルPS3

 またいい加減なことを。という声がちらほら聞こえてくる。しかし、企業がその存在に気付いてないだけで、「パーソナル」はコロンブスの卵的発想なのだ。

 私は実際に、商品化第一弾として「パーソナル鼻毛カッター」の開発を進めているところだ。どうか、アイデアの盗用は勘弁願いたい。万が一の場合、法的手段を取ることも辞さない覚悟である。そのときは、腕利きのパーソナル弁護士があなたの相手になるだろう。

路上のユーモア禁止条例


 
 以前に、「赤ちゃんが乗っています」という記事を書いた。
 あのステッカーに対して抱いていた感情への折り合いをつけるため、デロデロとした思いを記事中に吐瀉した。これでもう、例のステッカーを見かけても不毛な苛立ちをおぼえたりしない。・・・はずだった。

 先日、信号待ちの際、例のステッカーを貼った軽自動車を見つけた。でも大丈夫、嫌な気分になったりすることはない。私の中ではもう済んだことなのだから。

 舞妓さんのような「はんなり」した気持ちで目を細めステッカーに目をやる。一旦、視線を戻し、再び目をやった。二度見である。眼球が乾いてしまっても、まばたきが出来ない。なんということだろう。そのステッカーにはこう書かれていたのだった。

 「赤ちゃんがノッてます」    [画像]

 パーーーーーーー!!! パ、パ、パ、パァーーーーーーー!!!
 クラクションを執拗に鳴らしながら、どこまでも追い回したい衝動に駆られた。といえば言い過ぎだが、不愉快がこみ上げてくる。

 「赤ちゃんが乗っています」であれば、「赤ちゃんが乗っているから煽らないで」という善意の解釈をひねり出すことが可能だが、「赤ちゃんがノッてます」に関しては、後続車へのウケを狙った完全なるフザケである。

 画像を見て、かわいい! と感じた方もいるだろう。
 確かに、オムツを穿き片腕を上げた赤ちゃんのシルエットは、どこか憎めない部分もあるにはある。しかしそれは、生命の危険を伴わないインターネット空間だからだ。鉄の塊が猛スピードで行き交う、死と隣り合わせの路上においては、その圧倒的な「どうしようもなさ」と絡み合い、ドライバーのメンタリティーに多大なる悪影響を及ぼし、思わぬ事故を誘発する要因となる。

 「ね、ね、ユーモアのセンス、あるでしょ?」
 とアピールしたくて、これ見よがしに貼っているのだろう。しかし私には「スベり」という致命的な故障を抱えた事故車にしか見えないし、中古車屋のオーナーだったら、間違いなく買い取り査定ゼロをつける。持ち主の顔面を指差し、「ゼロ!」と叫びながら。

 1台見たら50台はいると思え。
 その言葉を信じるなら、「赤ちゃんがノッてます」ステッカーを貼った車が、止むことのない「スベり」を撒き散らしながら、全国各地を走り回っていることになる。

 もし、その車を見かけてたとしても、どうか堪えて欲しい。何があっても、彼らの挑発にノってはいけない。ただ、永遠にスベらせておけばいい。


[関連リンク]
赤ちゃんが乗っています
ステッカー販売サイト

紙オムツを逮まえる夏


 

 そこには、はちきれんばかりのゴミ袋があった。


 悪口を言うつもりは全くないが主婦はケチである。いや、言い方が良くありませんでした。正しくは、「しっかりもの」です。


 スーパーを渡り歩き、1円でも安いモヤシを探すのだと聞くと感動すら覚える。不況の折、家計をやりくりするために足を使うことを厭わない彼女たちを「ビバ! 主婦!」と元気づけてあげたいとすら思う。


 しかしその一方で、数千円もする眉唾もののダイエット食品をインターネットからワンクリックオーダーしてしまう金銭感覚については、話が脱線するのでここでは言及しないでおこう。


 で、冒頭のゴミ袋である。
 中身は紙オムツ。赤ちゃんのおしっこを目一杯に吸い取った紙オムツというものは、たったひとつでもかなりずっしりしている。それが、くるくるとコンパクトに丸められ45リットルのゴミ袋へと、タイムセール詰め放題のジャガイモと同じやり口で、ぎっちぎちに詰められているのだ。


 もう、バカかと思うほどに重い。
 人間というものは、度を超した物事に対しては苛立ちを覚えるものであって、このときも、あまりにも重すぎてカチンときた。なんかもう、近所のブタの尻を新鮮なゴボウでピシャリと、こっぴどく何度も打ちのめして咆哮をあげさせたい気分だった。


 だけどそうも言っていられない、これが仕事。
 はちきれそうで掴みどころのない袋の、わずかに存在する結び目を人差し指に引っかけて持ち上げる。頬がぷるぷると震え出す。ぐおぉぉぉぉ! 痛い痛い痛い痛い! ねえ母さん、あなたにもらった、大切な指が、いまにも、ああ、ちぎれそうです。


 ブラックアウトしそうな視界を拭いながら、「うっ血して痺れ出す指先よ、いっそのこと腐れ!」とばかりに、紙オムツの集合体を所定の位置に放り投げんとしたまさにそのとき、ぶるん! と小さな結び目がほどけてしまった。


 遊び場に一斉解放された幼稚園児のように、坂道をコロコロと転がってゆくうれしそうなオムツたち。あーもーなんでー!? 必死に追いかけるボク。


 ああ。これが、オシャレな紙袋からこぼれたレモンとかの柑橘類だったら絵になるのに。イタリア的なハプニングなのに。レモンを拾う手と手が触れあってロマンスが芽生えるかもしれないのに。などと妄想しながら現実に追いかけてるのは、コロコロ転がる紙オムツ。


 もう、なんか、笑えてきたし、笑うしかないと思ったし。
 紙オムツに、「ねえ、遊ぼうよ!」って言われてる気がしたし。「あはは、まて、まてー!」って、ここまできたら、あれだ、オムツとスキップだ。スキップ全開! ねえねえオムツちゃん、この坂の終わりで待ってるからね。両手広げて待ってるからね! そして、みーんな捕まえちゃうんだから。


 ・・・ということなので、
 ゴミをぱつんぱつんに詰めるのはお願いですからやめてください(切実)

 

ガードレールなんていらない


 
 直線からやや急な右カーブとなる道路を走っていたら、田んぼに突っ込んだ乗用車が、クレーンで引き上げられている現場に遭遇した。


 車種はエルグランド。
 詳しくないけど、かなり高いんですって? 新車なら300万以上はするんですって? そうなんでしょう? 中古でもそこそこするんでしょう?


 あちゃーです。あちゃちゃーです。
 おそらく、直線でスピードを出し過ぎたんでしょう。あるいは、携帯電話でもいじってて前を見ていなかったか。どっちにしろ、青々とした水田にダイビングしたエルグランドは、泥にまみれてなんとも情けない姿なのでした。


 聞けば、年に1回はこの場所に車が突っ込むとのこと。突っ込まない年は、伝統を守るためわざと車を突っ込ませるとのこと。後半は嘘とのこと。


 ふと疑問が浮かぶ。
 そんなにダイビングが頻発するなら、どうしてガードレールを設置しないのか。同乗者のEさんに聞いてみると、「毎年直すの大変だからでしょ?」と返ってきた。なるほど。


 そうは言っても、「またなのぉ?」と嘆く田んぼの持ち主のためにガードレールを設置してもよさそうである。うーん、と考える。


 OH!ひらめいた。
 設置しない画期的な理由がひらめいたのだった。それは、田んぼに突っ込んだほうが安全かもしれないということ。


 つまり、猛スピードでガードレールに衝突すれば死ぬかもしれないが、田んぼなら泥のクッションが衝撃を吸収し、死ななくて済むかもしれないのだ。車より、稲より、人間の命。


 これは大発見かもしれない。
 加速する軽い興奮を抑えつつ、何気ない口調でEさんに、「あれですかね、ガードレールよりも田んぼに突っ込んだほうが安全なんですかねえ?」と言うと、「うーん、どうだろうなあ。俺、ガードレールに突っ込んだことねえから分かんねえなあ」と返ってきた。


 いや、そういうことじゃなくて。
 こうして、闘牛の牛のように勢い込んだ私の大発見は、よく分からない返事によって華麗にスルーされ、青々とした水田に突っ込んだのだった。泥まみれなのだった。でもだいじょうぶ、生きてます。