業務連絡009 Re:Re:謝罪文


 
Subject:[業務連絡]Re:Re:謝罪文
To:安達専務
Fm:加藤


専務、
ありがとうございます。
どんな感謝の言葉も、
今の私のこの気持ちを、
正確には伝えることが出来なさそうです。


ただいまはもう、
胸がいっぱいなだけです。


私の勝手な解釈が正しければ、
これからもずっとラブテクで、
そして、専務の下で。


なんだか、
涙がこぼれそうです。


月曜は、
気持ちを切り替えて、
出社いたします。


本当にありがとうございました。



あ、あと、
メール署名、笑いました。
なんか気持ち悪いですもん。
だけど面白いです。
キモロイです。


落ち込んでるボクを、
元気づけようとしてくれたんですね。


笑ったので、
いろんなひとに転送しておきました(笑)


以上


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Subject:[業務連絡]Re:Re:Re:謝罪文
To:加藤
Fm:安達


いや、あのな、加藤。
あれ、真面目に作ったやつでさ、
キモロイ? てことはダメなのか?
それよりも、いや、なんていうか、
転送とかするか? 普通。
イケてないんだろ? 勝手に送るなよ。
もう、ほんとたのむよ、加藤よお。


安達


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:安達専務
Fm:栗田ゆう子


専務、せんむ~!
なんですかあ? あれ。
マジ超・気持ち悪いかもしれないんですけど。
鳥肌立ちましたよー。きゃー。


どうしたら鳥肌消えますか?


☆* ゜   *
    ⌒   ⌒ ☆* ゜ + *
 ⌒ *  ⌒ + ・ *・ ・ *   栗田 ゆう子
 + 大 ・. *。" ・ * ☆* ゜ + yuko kurita
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Subject:[業務連絡]Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:栗田くん
Fm:安達


すまんな、加藤の奴が勝手に。
気持ち悪いかい? 分かった。
やめるから、あれはやめるから。
あと、そのメール、削除しといてくれるかい?


鳥肌消すには、
あたたかいココアでも飲んだらどうだい?


安達


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:安達専務
Fm:岡星精一


安達殿。
メールの署名、拝見させていただきました。
シンプルで良いと思います。
なんだか、たわしみたいですね。
ウチの店のまな板を洗うのに、
ちょうどよいかもしれません(笑)


それと、折り入ってご相談があります。
最近、包丁の切れが悪くなったんですが、
どうすれば復活しますか?


それでは。


————————————-
      銀座 岡星
     店主 岡星 精一
      03-xxxx-xxxx
————————————-


Subject:[業務連絡]Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:岡星殿
Fm:安達


安達です。
ご無沙汰しております。


タワシですか、
そうですか、お役に立ちそうでなによりです。


いやはや、
岡星さんにまでご迷惑かけてすみません。
近々、お詫びもかねて伺います。


それと、
包丁は、
ご飯茶碗の底を利用してさっと何回か研ぐと、
手軽に切れ味が戻ります。


安達


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:安達専務
Fm:富井富雄


セ、センムー!
なんですかー、
なんなんですかー。
アレじゃあ、お得意様も逃げちゃいますよ。
まったく、専務はワタシがちゃんと見てないと
何するかわからないんだから。
何かあったら、ワタシに相談して下さい。


それとですね、
革靴がとても臭うんですが、
どうしたらいいですか?


◇◇◆◇◇◇◆◆◇◇◇◆◇◇◇◆◆◇◇◇◆◇◇
       (株)ラブ・テクノス
         富井富雄
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         ICQ#63886338
◇◇◆◇◇◇◆◆◇◇◇◆◇◇◇◆◆◇◇◇◆◇◇



Subject:[業務連絡]Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:富井くん
Fm:安達


いや、
君に見てもらわなくてもいいんだけどさ。


それよりも君たちなんなんだ?
俺はおばあちゃんの知恵袋じゃないんだぞ。


コーヒー豆の出しガラを布に入れて、
靴の中に入れておくと脱臭効果があるらしい。


ていうか、ICQて。


安達


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:安達専務
Fm:千葉


専務、やるう!
かっこいいし、
びっしり感がいいですねえ。
ボクは好きですよ。


あと、
10円玉をタバスコで磨くと、
ピカピカになるみたいです。


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Subject:[業務連絡]Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:千葉
Fm:安達


そうか、カッコイイか。
ありがとう。


ていうか逆に、
おばあちゃんの知恵的なものを
送ってこなくていいから。


安達


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:アダチサン
Fm:ベム


早く人間になりたーい!


ベム


Subject:[業務連絡]Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:ベム
Fm:安達


誰??


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:安達様
Fm:むえみ


メール読みました。
こんばんはです!
覚えています? むえみです!
今日って会う時間ってないですか?


標準体型、おっとり系、26歳です。



Subject:[業務連絡]Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:むえみさん
Fm:安達


どちら様でしょうか?
アドレスをお間違えになっていると思われます。
再度、ご確認の上、送信してください。


安達


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Re:謝罪文
To:加藤
Fm:安達


おい、加藤!
お前、誰に転送した!?
間違って、スパムメールに返信しちゃったじゃねえかよ。
会社で出会い系やってんじゃないだろうな?



Subject:[業務連絡]Re:Re:Re:謝罪文
To:安達専務
Fm:加藤


やってないです、やってないです。
会社のパソコンでは誓ってやってないです。
あれー? でもなんでだろう。
あ、いや、うーん・・・なんだかいろいろ記憶がないです。


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▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:アダチサン
Fm:ベラ


早く人間になりたーい!


ベラ



Subject:[業務連絡]Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:ベラ
Fm:安達


だから、あんたたち誰なの!?


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:アダチサン
Fm:ベロ


早く人間になりた~い!


ベロ



Subject:[業務連絡]Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:ベロ
Fm:安達


ちょっと、
いい加減にしてくれるかい?


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:アダチサン
Fm:ベム・ベラ・ベロ


早く人間になりた~い!
早く人間になりた~い!
早く人間になりた~い!


ベム・ベラ・ベロ



Subject:[業務連絡]Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:ベム・ベラ・ベロ
Fm:安達


分かった分かった、ごめんごめん。
人間になる方法は、オレ分かんないけど、
応援するから。


心からずっと、
いつまでも、
応援してるから。


それでいいかな?



Subject:[業務連絡]Re:Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:アダチサン
Fm:ベム・ベラ・ベロ



・・・なりた~い。


ベム・ベラ・ベロ



Subject:[業務連絡]Re:Re:Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:ベム・ベラ・ベロ
Fm:安達


そうか、分かってくれたか。


安達


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:安達専務
Fm:えなり


きょう、
アンジェラアキのCDを買ってきたんですが、
どこをどうやってもビニールが剥けなくて、
すごくアタマに来たので、
砂を詰めた2リットルのペットボトルで
叩き潰しました。


    __ / \
    |□V /\\       えなり
 ┌─┘  V  \\_ enari@hashida.ne.jp 
 └─┬─┬   丿 )     幸楽
  (◎◎=◎◎)  ~ ̄   tel 0000-00-0000
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



Subject:[業務連絡]Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:えなりくん
Fm:安達


いや、
そう言われてもね。
なんかこわいね。
フラストレーション溜まってるのかい?


安達


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:安達専務
Fm:千葉


早く人間になりた~い!


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Subject:[業務連絡]Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:千葉
Fm:安達


あっ!
千葉、なにお前?
さっきのもお前の仕業??


安達



Subject:[業務連絡]Re:Re:Re:Fw:Re:謝罪文
To:安達専務
Fm:千葉


いや、ちゃいます、ちゃいます!
たぶんちゃいます。


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▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:安達専務
Fm:マヤ


旦那が先に逝ってしまって早三年たちます・・・

毎日一人で過ごす日々もそろそろ限界です↓↓

なんでもします。http://pure-love.biz/yu/


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]Re:Re:謝罪文
To:加藤
Fm:安達


加藤~!!!
おまえ、ほんとなにしてくれてんだ。
ちょっと、今から会社来い!


安達


 
▼▼▼
Subject:[業務連絡]ゆうさんからメッセージが届いています。
To:安達専務
Fm:栗田ゆう子


メッセージ:
ごめんなさい。
昨日は変なメール送っちゃいましたよね(汗)夜中だったし、思ってたこと素直に言いすぎちゃいました(/∀\)経験豊富そうだからとか思ってメールした訳じゃないですからね。(笑)初めてだし、いきなりエッチとかはやっぱり怖いけど遊んだりするのはいつでもいいから、その流れで…って感じが一番良いかもです。宜しくお願いしますね(・ω・)/



Subject:[業務連絡]Re:ゆうさんからメッセージが届いています。
To:栗田くん
Fm:安達


ちょ、ちょっと栗田くん。
なにこれ、これなに!?
なんなの???


安達


Subject:[業務連絡]Re:Re:ゆうさんからメッセージが届いています。
To:安達専務
Fm:栗田ゆう子


きゃー、
冗談ですよお、冗談。
あー、おなか痛い。
でも、専務かわいいー。


☆* ゜   *
    ⌒   ⌒ ☆* ゜ + *
 ⌒ *  ⌒ + ・ *・ ・ *   栗田 ゆう子
 + 大 ・. *。" ・ * ☆* ゜ + yuko kurita
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Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:安達専務
Fm:トム


ハヤク ニンゲンニ ナリターイ!
ナリタイデース ワタシ トムデース!



Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:トム
Fm:安達


オイ!
お前、富井だろ?
富井なんだろ??


安達



Subject:[業務連絡]Re:Fw:Re:謝罪文
To:トム
Fm:安達


無視かよ!!


安達


 
▼▼▼



 


 
Subject:[業務連絡]もうダメです
To:愛田社長
Fm:安達


社長、
こんな夜中に突然のメール、申し訳ありません。
ご迷惑を承知で送らせていただきます。


わたくし、
これ以上、専務を続けてゆく自信がありません。


わたくしには、
社員を束ねる才能がないのです。
20年もこの会社で働かせていただきながら、
どうして早く気付かなかったのでしょう。


社長、
わたくし安達は、
本日をもって、専務の職を
退かせていただきます。


いままで、本当にありがとうございました。


安達

 

業務連絡008 Re:謝罪文


 
Subject:[業務連絡]Re:謝罪文
To:加藤
Fm:安達


いま、報告を読み終えたところだ。
まさかとは思ったが、
まんまとやられてしまったんだな。


とうか、加藤。
長い。
長すぎるよ。


報告は明瞭簡潔に。
ビジネスマンの基本だろ?


まあいい。


さっき、書類を整理してたら、
加藤の履歴書が見つかってな。


自己PR欄に、
「自分のために頑張ります」
って書いてあったよ。


面接でオレが、
「会社のためには頑張ってくれないの?」
って聞いたらお前、


「自分のために頑張るということは、つまり、
 自分を成長させることであって、
 その成長は会社にとって有益なのですから、
 結果的には会社のために頑張ることと同じです。」
って、答えたんだよな。


いま思うと、分かるような分かんないような答えだけども、
そのときはオレも社長も妙に感心しちゃってな。
なんか面白いから採用してみるか、って。


あれから、7年にもなるのか。



 
くどいようだけど、
報告は明瞭簡潔に。
いいか、次の報告からは手短に頼む。


あとな、
パソコンの調子が悪くて、
これから再インストールするんだけど、
バックアップのやり方が分かんなくて、
大切なブックマークとかメールとか、
全部消えちゃうんだよな。


だから、
お前のメールになんて書いてあったのか、
忘れてしまうと思う。すまん。


もし、
本当に大事な用件だったら、
もう一度メールくれ。


だからまあ、
月曜は遅刻するなよ。




 
あ、
それとな、
メールの署名だけど、
カッコイイやつ出来たんだ。
見て感想くれないか。
良かったら、本採用するから。





 
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****************専務  安達 義輝****************
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業務連絡007 謝罪文


Subject:[業務連絡]謝罪文
To:安達専務
Fm:加藤


専務に合わせる顔がありません。
わたくし加藤は沢田様との話し合いで、
重大なミスを犯してしまいました。


専務から、
用心するようにとアドバイスされていたにも関わらずです。


言い訳するつもりは毛頭ありません。
ただ、後進への指導材料として、
事の顛末を記させてください。


***


夕焼けが後光のように照らし、
その豪邸感を際立たせた沢田邸。
これまで何度、足を運んだことでしょう。


案内された居間に入って驚いたのは、
いつもの絢爛さがすっかりと失せていたことでした。


調度品は14インチのテレビとちゃぶ台のみ。
しかも、そのちゃぶ台には、
ホッケと青菜のおひたしと冷や奴、ビールが一本。
それに、白米とみそ汁が三人分配置されていたのです。
沢田と夫人、そして私の分なのでしょう。


その部屋にあるものすべてが、
取って付けたような質素さでした。


三人でちゃぶ台を囲むと、
デヴィ夫人に酷似した沢田夫人の羽織る割烹着の白が
まばゆいハレーションを起こし、
沢田のスキンヘッドが反射する裸電球のオレンジが
夕日のような眩しさで照らしてきます。


そして、私を一番不快にさせたのは、
しかめ面しか見せたことのない二人が、
始終、笑みを浮かべていることでした。


「さささ、カトーさん、召し上がってくださいよ」
「遠慮なさらないで」
「お口に合わないかもしれないですけど・・・」


おそらく、
清貧な庶民派というアピールを兼ねた懐柔策なのでしょう。
鳩尾の辺りから粘っこい怒りが沸々とわいてきます。


「カトーさん、どうですか? 一杯」
無言のまま手で遮ると、
目を合わせ首をかしげる二人。


普段はお茶も出さない彼らの行動のひとつひとつが、
そして、ものの言い方がいちいち癇に触れてくるのです。


「カトーさんには申し訳ないけど、ボク、一杯だけ頂いちゃおうかナ」
沢田はそう言ってグビリと飲み干すと、
ぷふーと息を吐き、大きなため息をつきました。


「・・・ところで例の件だけど」


私は確信していました。
ため息の次に来るのは、このセリフだと。
相当な金額を吹っかけてくるに違いないと。


と同時に、
仕掛けるならこの瞬間しかない。
そう確信していました。


彼が口を開いた途端に、あらん限りの力でちゃぶ台を叩き、
飛び跳ねる食器でもってびびらせ、戦意を喪失させる。
古典的な方法とはいえ、ここで機先を制しなければ相手の思う壺です。


一秒を百分割したようなコマ送りの時間の中で、
全神経を彼の唇の形状、ただ一点へと集中させます。


思った通り、
彼の唇がすぼまり始め、


「・・・と」


の発音を確認した瞬間、
私はすかさず拳を大きく振り上げました。
空中で制止する拳。


あとは振り下ろすのみ。
歯ぎしりするほど奥歯を強く噛みしめ、
拳を下方に向けたその瞬間のことでした。
ちゃぶ台がキラリと光って見えたのです。


その光の正体を、
これまでの人生経験に照らし合わせた結果、
あるひとつの答えが弾き出されました。


・・・このちゃぶ台、木じゃない。
このちゃぶ台の素材は、木とかじゃない。
これは、
この輝きは、
そう、
 
大理石か何かだ。

 
しかし時すでに遅し。
振り下ろされた右手を止める術はありません。


私は、スローモーションに見える拳を眺めながら
無常を感じていました。


何も起こらない。
茶碗が飛び跳ねることも、
大きな音を立てることも。


私が振り下ろしたこの拳は、
この空間の何ひとつをも変えることが出来ない。
そう、何ひとつとして。







 
ぺち。


すべてのエネルギーを吸収した、
ちゃぶ台という名の大理石は、
湿った効果音だけを口にして、
顔色ひとつ変えず、どっしりと佇んでいます。


猛烈な手の痛み。
静まりかえる卓上。


ああ、やはり何も起こらないのですか。
ですが神様、このままではあまりにも不様です。
どうか、どうにか、力をお貸しください。


さあ、今からでも遅くはない。
だから、跳ねろ! 茶碗よ!


・・・・・・。


右手を握りしめて念じても、
手の痛みと静寂が増すばかり。


ああ、もう、
何もかもが終わりなのだ。


目を伏せ、諦めかけたときです。
卓上で何かが動くのを、視界の端に感じたのです。


強く念じれば叶うこともあるんだ。
心の拳を握りしめ、目を上げ確認するとそれは、
みそ汁の椀でした。


そしてその椀は、
「食卓のハイドロプレーニング現象」によって、
こちらへ向かって音もなくすーっと、
真っ直ぐにすべって来ているのです。


「アッ!」


私は、両手でちゃぶ台の瀬戸際に壁を作り、
あわやのところでみそ汁を食い止めました。


ふう、
・・・・・・助かった。
という安堵から一瞬で我に返ると、
入れ替わりで強烈な羞恥心が襲いかかって来ました。


勢い込んで振り上げたはずなの拳が、
か細い声を上げつつ、みそ汁を食い止めることになろうとは。
ああ、耳が、顔が、体中が、熱い。


これは罠だったのです。


もし、みそ汁が滑るところまでが計算ずくだったと考えると、
常軌を逸していて、到底、私の敵う相手ではありません。


そんな相手は、
目を伏せる私を眺めながら笑っているのでしょう。
肩を揺らして笑っているのでしょう。


ですから私は、顔を上げることが出来ず、
彼の差し出す800万円上乗せの契約書に、
黙ってサインするのがやっとだったのです。


私は完全に負けました。
打ちのめされました。
しばらく立ち直れそうにありません。
後日、辞表を提出しに伺います。


本当に、申し訳ありませんでした。


以上


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参考リンク:
ハイドロプレーニング現象